20・あるスライムと東の村の女の子



 空気中にある病原は村にいるスライムたちがじわりじわりと食べてくれているので、わたしは人間に入り込んでしまった方を食べることにした。

 見つからないようにこっそり寝込んでいる人間の家に入り、こっそり寝込んでいる人間に触れて、人間にとって良くないもの、悪さをしているそれだけを抜き取って食べる。

 失ってしまった体力や弱った体は治せないけれど、原因がなくなれば次第に回復していくだろう。

 流石に人間に触れているのを見られてその後回復していったら、このスライム何かしたのか?と思われる危険性もなくはないので、その辺りはものすごく気を付けてこっそりとやった。

 日中は眠って英気を養い、夜に家を巡る。かつてないほど、わたしは動いていた。とても疲れる。

 けれど村のほとんどの人が流行病に罹っている、というだけあって、食べても食べても全然終わらない。間に合わなかった人もいる。すべての人間を救う力なんてわたしにあるわけがないので仕方ないといえばそうなのだけれど。

 それでもここまで流行ってしまったわりには死者は少ないようで、回復する人も増えてきている。闇魔法使いと薬師の人は大忙しだ。


 どのくらいの日数、掛かったかはわからない。

 けれどようやく流行病は収束した。

 わたしたちが食べていたものはなくなったから、今これ以上この村で同じ流行病に罹る人はいない。体の中にあったものも全部食べたから、あとは体力を戻していくだけだ。

 ……とはいえ、みんながみんな、元の元気な姿に戻れるわけではない。

 体の中の悪いものを食べても、弱った体のまま回復することが出来ずに死んでいく人間もいた。抵抗力の弱い子供や老人だったり、持病を持っていて悪化が早かった人だったり、罹患していた期間が長い人だったり。それはもう、わたしにはどうにも出来ないことだった。


 しかし、疲れた……。もう本当、ぐったりだ。わたし一生分働いたんじゃないかな。そんな気持ちです。


「スライムが溶けてる……」

 上から声がした。十五歳前後くらいの女の子が、わたしの方を心配そうにじっと見ていた。

 この子は、……見たことがある。流行病に罹っていた女の子だ。その間あまり食べれていなかったのだろう、骨と皮だという表現が的確だと言えるほど、痩せ細ってしまっている。

「大丈夫?具合悪いの?」

 今のわたしはぐったりだらけモードスライムだ。つまり、でろりとしている。その様子を見て女の子は心配してくれたらしい。優しい子だなあ。

「ごはん食べれる?ちょっと待ってね、持ってくるから」

 女の子の家はすぐそこだった。家の中に入り、少し。出てくると、器を持っていた。それをわたしに差し出す。

「スープなら飲める?」

 スープ!わたしの好物!途端にわたしは元気になった。

 ぴしりと起き上がり、器の中のスープに触れる。そしてもぐもぐと飲み込み、飲み込み…………


 豚汁だ!!!!????


 えっこれ豚汁だ。まごうことなき豚汁だ。いやどうして?

 そうだ、わたしはずっとみそ汁、その中でも豚汁を食べたかったんだ。前世から豚汁がスープ関係の中でもとびきり好きだった。どうして忘れていたのだろう。

 というかこの世界に味噌があることをはじめて知った。屋敷で色々なスープを出してもらって食べたけれど、その中に味噌はなかった。そう、なかったんだ。

「わあ、すっかり空。おいしかった?おかわりいる?」

 女の子の言葉にわたしはぴょんぴょん跳ねた。

「いいよ、じゃあうちにおいで」

 跳ね回るわたしの様子に女の子は笑って、家へと招き入れてくれる。めちゃくちゃ優しい。


「顔とかないのに、おいしそうに食べてるってわかるのなんでだろ?父さんも母さんも、豚汁最初に食べた時には不思議な顔してたのに」

 楽しげに笑いながら家に入れてくれた女の子は豚汁のおかわりをくれる。

 わたしは行儀良く椅子に座り、豚汁を食した。あわよくばもっと食べたいので少しでも印象を良くしておきたいのだ。

「お利口さんなスライムだね。……ねえ、しばらくうちにいる?」

 願った通りのお言葉をもらい、わたしは嬉しくてぴょんぴょん跳ねてぷるぷる震える。

「あたし、シユ。よろしくね、お利口さんなスライムさん」

 シユはにっこり嬉しそうに笑って、それからまたわたしに豚汁のおかわりをくれた。





 シユは東の村に住む女の子で、両親と一緒に畑で作業をしていた農民だった。

 けれど今回の流行病でシユの両親は亡くなっている。畑も一人では管理出来ないからと、既に手放していた。シユ自身も流行病に罹っていて、とてもではないが農作業を行う体力はない。

 今は侯爵家からの支援と家にあった蓄えで食い繋ぎ、静養している。

 味噌はどこからか買ったものではなく、作ったもののようだった。時々村を散歩がてら探索しているけれど、他の家に味噌はなさそうだった。

 それにしてもこの村は本当にスライムに優しい。わたし以外のスライムが棲みつく理由もわかる。家の近くでだらっとしていると、村の人たちがごはんをくれたりするのだ。家の中に招き入れて食べさせてくれる人もいる。

 まあわたしはスープが好きなグルメなスライムなので、シユの家に入り込んでいるわけだけれど。


「あっ、またスープしか食べてない。このスライム、好き嫌い多いのかな?」

 今日も今日とて、シユが準備してくれたパンや野菜炒めをそっと見ないふりをして、スープだけをいただいた。というか、シユがもっと食べた方が良い。ガリガリなのだから。

 とはいえ、シユの食欲はあまりないらしい。ちまちまと時間を掛けて食べるけれど、大した量にならない。それでも本人的にはもうお腹には入らないようで、苦しそうな顔をして残した分は次のご飯どきに食べている。

「他のスライムは野菜くずでも何でも食べるのに……」

 シユが少し不満そうに、わたしをつんつんとつつく。

「…………」

 彼女はふいに、動かなくなりどこか遠くを見つめる。しんとした家の中。狭い家だけれど、彼女が動かなければ物音はしない。

 どんなことを考えて感じているかまでは、わたしにはわからない。知り合ったばかりの他人だし、そもそも友達や家族だってその人の気持ちなんて当人にしかわからないものだ。

 わたしにわかることは、彼女が今も食事を三人分、準備していることだ。そしてその食事は結局、彼女しか食べる人間はいないのだ。


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