17・あるスライムの分身
その日、屋敷に激震が走った。
「これは……!」
「すごい。料理長、ついに……」
「まさかこんな」
「すごすぎる」
「本物そっくり……」
食堂のテーブルの上。ふたつの物体を見て、リィンとルー、そして使用人のみなさんがざわざわしている。
何故か、というと、そう。
わたしとそっくりな物体が、わたしの隣にあるからである。
ことのはじまりはかれこれ何年前だか忘れたが、ルーが、
「ノラちゃんって、ゼリーみたいでおいしそうね」
と発言したことだ。
それをたまたま聞いていた屋敷の料理長は、なら作ってやろうではないかと何故か一念発起した。
が、この料理長。大層なこだわり屋さんだった。
ゼリーを作ること自体は簡単だ。そしてそのゼリーをおいしく作ることも。けれど、スライムに似せたゼリーを、となると、また違う。
料理長は研究に研究を重ね、わたしをよく撫で、試作品を作り、わたしをよく撫で、そして完成させたのが今回のゼリーなのだ。
色つや、触り心地、透明度……何をとってもわたしにそっくりな、ゼリー。
それをついに料理長は作り上げたというわけだ。すごい。
そして本日お披露目となり、テーブルの上にわたしとゼリーは並べられた。
全く同じお皿に乗り、わたしは動かずに待機。すると完全に見分けがつかない。
「すごいわ、本当にどっちがノラちゃんだかわからない」
「触ってもわからないなんて、すごいよね。弾力まで同じだ……」
リィンがつんつんとわたしとゼリーをつつく。触り心地までこだわるなんてすごいよね。
ゼリーの方にも奥に核、……に似せたものが入っている。それは飴で作ったらしく、ゼリーで覆った際に見え方や色合いが同じになるようにするのに、苦労したらしい。
いやあ、職人の本気ってすごいね。
「こっちが本物のノラちゃん?」
うんうん悩みながら、ルーはわたしを撫でる。
正解だ。わたしが本物のノラだ。悩みながらもしっかり当ててくれたことが嬉しくて、ついぷるぷるぷると震えてしまう。
「当たったわ!」
とびきり嬉しそうにルーが笑う。お皿の上に乗るわたしを抱っこして回収してくれた。
「ふふ、良かったね、ノラ。ルーに見つけてもらえて」
リィンが撫で撫でとわたしを優しく撫でてくれる。なお、料理長さんだけはちょっとだけ悔しそうだった。いやでもあれ、わたしでも見分けつかないレベルでそっくりだからね。すごいことだよ。
「それじゃあ、ゼリーの方食べてみましょう!」
ぱあっと華やかに笑いながらルーがそう話す。
え、これ、食べるの?わたしそっくりなのに?
「そうだね。みんなで食べよう。今切ってしまおうか」
さも当然というようにリィンが頷いて、料理長さんに指示を出す。料理長さんも既に準備万端だったようで、包丁をしっかり握っていた。
そしてそのまま、ざくりと。わたしの分身、真っ二つ。
あああ……。
正しくはさくさくと良い感じのサイズに料理長さんが包丁を入れて、メイドさんが持ってきたお皿にどんどん切り分けていっているのだけれど。……なんというか、わたしにそっくりの物体がこま切れにされていく姿を見るのはちょっとこう、うん……。生きている生命体ではないとはいえ、ちょっと複雑である。
「おいしそうね、お兄様!」
「うん。食べるの楽しみだね」
そんなわたしの心境を知る由もなく、リィンとルーはにこにこだ。
可愛いクマさんのケーキとかを、可愛い〜って言いながら問答無用にフォークを刺して食する姿が過ぎった。世界が変わってもそういうところは変わらない。無情である。
それはそれとして、料理長さん渾身の作であるノラのゼリーは、とてもおいしかったそうだ。使用人さんたちからも好評で、その日休みだった人たちの為に後日また作られることになった。
なおわたしはほぼスープ専門なので食べるのは遠慮した。決して共喰いのようで嫌だったからではない。
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