15・あるスライムと婚約者
ウィルくんが謝罪に訪れてからしばらく経った頃、ルーとハルくんが婚約を交わした。
ルーは九歳、ハルくんは十二歳。まだ全然子供じゃないかと思うけれど、貴族の婚約の多くは政略的なものが多く、早いうちから婚約者を決めることがほとんどみたいだ。政略とはいっても一生のことだし相性は大事だから、どちらの家もよく話し合うのが基本。ルーとハルくんも顔合わせをしてから何やかんやと四年ほど経ち、仲良く過ごしていて問題なさそうだということで正式に決まったらしい。
とはいえルーはまだ幼いので、他家には書面で通達するそうだ。まあ王族の婚約だしね。
もう少し大きくなったらパーティーを開いて、婚約してますよ、良好ですよ、って大々的にお知らせするんだって。
しかしあのルーが婚約。まだ十年くらいは先とはいえ、いずれは結婚か。
体も中身も成長はしているけれど、わたしの中のルーは初めて出会ったあの頃の、幼いルーのままだ。お転婆で明るい、可愛い女の子。でも結婚かー……。
そして今日も今日とて、ルー、リィン、ウィルくん、ハルくんとわたしの四人と一匹でまったりしている。
ルーとハルくんの二人だけの時間も増えたけれど、こうしてみんなでいる時間も二人が婚約者になってからも変わらず設けられていた。
「そういえばまだ先の話だけれど、もしルーがハルと結婚したら、ノラはどうするんだ?」
疑問を口にしたのはウィルくんだ。
謝罪に来た時にはわたしをノラ様と様付けで呼んでいたけれど、流石にやめてほしかったのでどうにかアピールしたところ、リィンが説得してくれた。なので今はタメ口呼び捨てである。
「うーん、侯爵家は一応僕がお嫁さんを貰って継ぐ予定だから、ルーはお嫁さんに行く感じなのかな?現状だと」
ウィルくんの疑問に答えたのはリィンだ。
まだみんな子供だし、ウィルくんとリィンの婚約者はまだ決まっていない。だからまだその辺りは曖昧なのだろうが、何もなければ長子であるリィンが侯爵家を継ぐ予定なのだろう。以前、リィンはそんな話をしながらわたしに領地を案内してくれたのだし。
「王家の方も何もなければ兄上がお嫁さんを貰って王太子になると思うよ。元々、僕も将来的には兄上の補佐をするんだろうなとは思っていたし」
「補佐だと、王城に入るの?」
ハルくんの話を聞いて、ルーが少し落ち込んだように問い掛ける。どうしたのだろう。相手がハルくんとはいえ、慣れた家を出ていくのは不安なのかな。
そんなルーの不安の原因をハルくんはわかっているのか、安心させるように微笑むとルーの頭を撫でた。おお、なんか婚約者っぽい。前はこんなスキンシップしていなかったぞ。
「王位継承権を持ったまま補佐につくのか、放棄して爵位を貰って補佐につくのかはわからないけれど……どちらにしても、王城の中に住むことはないと思うよ。領地が貰えればそちらに行くか、王都に家を構えるか、あるいは王家の別邸かな。どれにしても、もしノラがついてくるつもりなら、歓迎出来る環境だよ」
「本当?」
「うん」
ぱあっとルーの表情が明るくなる。
そういえば従魔契約をしていないわたしは王城には入れないんだっけ。ルーが王城に住むことになったら当然一緒にはいられないし、会いにも行けない。ルーはそれでしょんぼりしていたのか。可愛い子だな。
「ノラはやっぱり、ルーについて行きたい?侯爵家にずっといてもいいんだよ」
今度はリィンが落ち込んだ様子でわたしに問い掛けてくる。
わたし、モテモテじゃないか。これがモテ期……!
「いや、二人とも、まだ先の話だろ……俺、軽い気持ちで聞いただけなのに……。ノラの気持ちだって年を重ねれば変わるかもしれないし、今決めなくても」
落ち着いた様子でウィルくんが諭す。四人の中で最年長ということもあって、すっかりみんなのお兄ちゃん的位置である。
「いっそノラちゃんが分裂すれば、私と兄様のノラちゃん争いは平和的に解決するのに……!」
ルーは以前よりは大きくなったのに、言動は相変わらずだな。
リィンも、それだ!みたいな顔をするんじゃない。出来ないから、分裂とか。……出来ないよね?
「核を傷付けずに体を分けてみる……?」
待って、ハルくんが結構本気の表情でものすごく怖いこと言ってる。しかもなんかルーの為なら実行しそうで余計怖い。
そしてリィンも、それか!みたいな顔をしないで本当に。体半分にしても分裂しないから。たぶん。
「お前らやめろよ、ノラ怖がってるぞ……」
最早わたしの安全地帯はかつてわたしを殺そうとしたウィルくんの膝の上である。どういうことだよ。
ウィルくんはわたしが膝上に来たことが嬉しかったのか、噛み殺せていない笑みを浮かべながらわたしをナデナデしている。苦しゅうない。
「羨ましい」
「ずるいわ!」
「いいなあ兄上」
「お前らが怖がらせるからだろ」
まあ未来のことはまだわからないしね。
未来のわたしが何とかするだろう。
そんなわけで本日わたしはウィルくんに引っ付くことにした。
ルーとハルくんは二人でお茶会だ。仲を深めるのは大事なことである。
そしてウィルくんとリィンもまた王族と侯爵家嫡男なので、仲が良いに越したことはない。リィンはウィルくんより年下だけれど、ルーのお兄ちゃんだからか大人びている。出会った当初は最悪の出会い方というのもあって仲良くなどなれそうな雰囲気ではなかったものの、成長したウィルくんとリィンは思いの外気が合うようだった。
二人が弟妹を持つお兄ちゃん同士、ということもあるのかもしれない。
「ねえウィル、前、スープ作るの上手いって言われたって言ってたよね?」
「ああ。孤児院と、あと炊き出しの手伝いの時とか作ってた。結局治癒院でも辺境でもやったしな」
「じゃあさ、ちょっと作ってみない?」
リィンの目が爛々と輝いている。
「何で?侯爵家の料理人、すごい上手いだろ。あれに比べたら天と地の差だぞ」
「でも僕、料理したことないし」
「貴族はだいたいそうだろ」
「でもウィルは出来るだろ?」
「まあ……そうしないと生活出来なかったし」
「じゃあ僕もやりたい」
「何でだよ」
ノリノリなリィンの様子にウィルくんはタジタジである。
でもリィンは普段控えめで大人しくてもやっぱりルーのお兄ちゃんなので、隠れた好奇心旺盛行動力アリアリ精神を持っている。こうなってはもう止められない。
「それにスープはノラの好物だし、作ってあげたら好感度アップ間違いなし」
「よしやろう」
リィンはウィルくんの耳元でこっそりそう話し、ウィルくんは即決していたけれど、わたしウィルくんの肩の上に乗っているから話全部聞こえているんだよね。
わたしそんなにちょろいって思われているの?心外である。まあ出されたスープは食べるけれど。
料理人さんたちにオッケーをもらって、リィンとウィルくんはスープを作ることになった。
とはいえ夕食の準備とかもあるので材料をほんの少しだけわけてもらって、三人分くらいの少量を作るそうだ。リィンとウィルくんとわたしの分だね。
「孤児院でよく作ってたのは、芋のスープなんだけど、それで良いか?」
「うん。芋のスープって、何が入ってるの?」
「そのままだよ、ほぼ芋。孤児院の予算は限られているし、孤児たちを飢えさせるわけにはいかないからな。安くて腹もちが良いから、芋はよく食べた」
「パンは?」
「俺たちが食べてるような柔らかいやつじゃなくて、硬いパンを食べる。スープに浸してな。まあ、毎食じゃないけど。だから芋を食べるんだよ」
話しながら、ウィルくんは手際良く芋を洗い皮を剥いていく。芋は小さくて形もガタガタしているけれど、慣れていてとても早い。
孤児院でしばらく生活していたウィルくんは、食生活も質素なもので過ごしていた。王城でおいしいものをずっと食べてきていたのに突然ガラリと変わってしまった時は、驚いたのではないだろうか。
手際の良いウィルくんとは違い、リィンはかなり苦戦している。芋の皮が上手く剥けず、時間が掛かり、その上剥き終えた芋は随分小さくなった。
「全然上手く出来ない……」
「最初はそんなものだよ。俺だってそうだった」
しゅんとするリィンをウィルくんが励ます。
それにしても本当に手際が良い。少なくとも王城に戻ってきてからはこんな風にスープを作る機会なんてあまりなかっただろうに、それでもここまでサクサクと進められるということは、体に動きが染み付くほどにこれを行なってきた、ということだ。
「具材、本当に芋だけなんだ?」
「あれば肉とか野菜とかも入れるけど。三食は無理だったな」
「味付けも塩だけ?」
「そうだな。たまに骨付き肉を安く仕入れられたら、それで出汁を取ることもある」
「全然味の想像がつかない……」
屋敷ではすごく凝って作られた料理ばかりが出てくるから、確かにこんなにシンプルなものはリィンは食べたことがないだろうなあ。
「うん。芋に火も通ったし、こんなもんかな」
出来上がったのは本当にシンプルな、芋のスープ。味付けは塩のみ、具材は芋のみという。
熱々のスープを三つの皿に分けて、そのまま調理場の隅で食べてしまうことにした。どこかへ持って行ってスープを食べていたら後片付けを料理人さんたちがしてくれるだろうけれど、後片付けまでが料理だというウィルくんの話で。とはいえ片付けてからスープを食べたら冷めてしまうので、隅っこで実食となったわけだ。
リィンとウィルくんはふうふう冷ましながらスープを食べはじめる。わたしの分ももらえたので、遠慮なく体にスープを取り込む。
うん。芋だ。ホクホクしていておいしい。塩が丁度良い塩梅で、とてもおいしい。予想を裏切らない、とてもシンプルな味だった。
味だけで言うのならば、当然侯爵家で出てくるスープの方がおいしいだろう。色々な食材を使い、味を複雑にしながらもまとめている、プロの仕事なのだから。
けれど孤児院でこのスープが出てきたのなら、わたしだったらとても嬉しい。ただ芋をふかして食べるよりも、スープになっていた方が。温かい食べ物はそれだけで、心がほっとする。塩だけのシンプルな味付けでも、どこか懐かしく感じる。お腹の奥から温まるような。
それを自分の国の王子様が作ってくれたとなれば、孤児たちは喜んだことだろう。同じものを作って、食べて、そして笑ってくれたのだから。
「懐かしいな」
そう言って微笑むウィルくんの表情は大人びて見えた。一時的であっても、彼は孤児たちの保護者のようなものだったのだ。今は王族として庇護するべき国民の一人だろう。
「……ウィル、今度僕もその孤児院に一緒に行ってもいい?」
「勿論。でも、覚悟はしておいた方がいいぞ」
「覚悟?」
「ああ。子供たちと遊ぶのは、めちゃくちゃ疲れる」
ウィルくんはそう言って、屈託なく笑った。
「……おいしいね、芋のスープ。ウィル、また作ろう。今度はもっと上手に、皮を剥くよ」
ウィルくんを見て、リィンも同じように笑う。
二人と一匹で食べた芋のスープは、とてもおいしい、温かい思い出になった。
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