14・あるスライムと顔合わせ再び
惚れ惚れするほど、綺麗な土下座だった。
「申し訳ございませんでした!!」
わたしの部屋に入ってきた瞬間、バッと見事な土下座を披露したのは、何とこの国の第一王子様である。
「以前ノラ様を殺そうとしたこと、許されることとは思っておりません。ですが謝罪はきちんとしなければと参りました」
ノラ様って言ったよ、大丈夫?彼、この国の第一王子様でしょう。めちゃくちゃ丁寧に低姿勢で謝ってくるけど。
同じ部屋に待機しているリィンとルーとハルくんは、まるでそれが当然と言わんばかりに真剣な表情でこくこくと頷いている。なお護衛さんは流石にちょっと困り顔だ。
「本当にそうよ。ノラちゃんは死ぬところだったのよ?」
いやいやルー、そんなことはないよ。確かにあのまま核まで行かれていたらまずかったけど、核が無事なら体は何ともないからね。
「生涯侯爵家に出禁でも良かったんだけど」
いやいやリィン、何言ってんの?優しい口調だけれどめちゃくちゃ言ってることきつくない?
「兄上だから仕方がないですね」
弟であるハルくんがもっとも辛辣だった!!期待も何もこめていない淡々とした声の怖さよ。
「本当に申し訳ない……馬鹿な子供だった……」
ウィルくんはどうやら、心の底から反省したらしい。
わたしは元々怒ってはいない。ので、土下座を続けるウィルくんに近付き、もういいのだと言うように寄り添った。
「ノラ様……」
そっと顔を上げたウィルくんはじんわりと泣いていた。最早可哀想。
「ありがとう、ございます……!」
本人がこんなに反省しているのだから、みんなも許してあげてほしい。
土下座は無事終了してもらい、わたしたちは庭に出てお茶を飲む。まあわたしはお茶は飲まないのでわたしの前にはお茶はない。こう何年も一緒に過ごしていると、みんなわたしがスープしか食べないことはわかっているからね。
「それにしても、ウィルキス王子殿下はずいぶん大人しくなりましたね」
まったりとお茶を飲みながら、リィンがそう話す。若干の棘が含まれているのは恐らく気のせいではないだろう。
わたしもそれ、思ったよ。初対面ではかなり我儘傲慢で将来が心配になったもの。
それが今やただのスライムであるわたしに丁寧に謝罪している。驕っている様子は微塵もない。
「ウィルで構わないよ。ハルのことも、愛称で呼んでいるのだろう?」
「ええ。ではウィルと。こちらも、リィンとルーで呼んでいただければ。ルーも良いよね?」
「ええ、良いわ」
「ありがとう。それから私的な場では敬語も不要でいいよ」
本当にあの子供時代は何だったんだというくらい、爽やかなやり取りだ。
これにはルーも毒気を抜かれたらしい。あんなに怒っていたのに、今はとても落ち着いている。
「……ウィルはどうして、あの時あんなことをしたの?」
ルーがウィルくんに問い掛ける。
ウィルくんは少し困ったような表情をすると、少しの間の後、おずおずと話しはじめる。
「……嫉妬、だったと思う。あの頃俺はルーと、その、……仲良くなりたくて。でも、スライムにばかり、構って可愛がっているって聞いて……。本当に、馬鹿なことをしたと思う」
これをルーに直接聞かれて話すなんて、中々結構な苦行だな……。当時は幼かったし恋愛的な好きにまでいっていたかは不明だけれど、好きな子にやらかしを聞かれるのはね。穴があったら入りたい気持ちだよね。
「みんなで仲良くすればよかったのに?」
なおルーはウィルくんより幼く、具体的に言うとまあ五歳くらい年下なこともあって、首を傾げている。
リィンとハルくんはそんな二人を見て、居た堪れない様子だ。
「うん。本当に、そうだよね」
ウィルくんは少し、寂しそうに笑った。
「兄さんは両親にすごく怒られて、その後大変だったよね」
ハルくんが話を逸らす。
ああ、でもそれわたしも気になるな。一体どんな教育をして、ウィルくんはここまで落ち着いたのか。
今のウィルくんだったら、そのうちこの国の王様になっても、しっかり治めてくれそうな感じがする。
「どんなことをしてたんだ?」
リィンもわたしと同じく気になったのか、ウィルくんに問い掛ける。
「うん……。両親に怒られた後は実質謹慎状態で、ずっと勉強。教師のオッケーが出るまでの半年くらい」
うわあ。きっつ。半年間ほぼ室内で勉強漬け?しかも監視付き。わたしはそれやだなあ。
ルーもうわあという顔をしている。リィンはともかく、ルーは行動派だもんね。室内で半年も自由が許されず勉強とか地獄だろう。
「その後民の気持ちを学べって言われて一年間孤児院で過ごして……」
ええ。まだ続きがあった。王族として過ごしていたのにいきなり孤児院って大丈夫なの?
「次に治癒院で半年働いて……」
治癒院って病院のことか。治癒魔法があってもみんなをすぐに治せるわけじゃないからね。でも病気や怪我をしている人が集まっている場所で働くのはかなり大変じゃないか。
「それから辺境で兵士たちと訓練を……」
辺境って普通に考えて兵士の訓練最も厳しいのでは?戦争状態ではないものの、隣国との境界はピリピリしているのだとか。そんな所で王子様を訓練?
ウィルくんへの教育がガチすぎて怖い。王族すごい。怖い。
「それは……大変だったねとしか……」
ルーは最早言葉を失っている。リィンが真っ青な顔でどうにか話すが、もう何て言葉を掛けたらいいのかわからない気持ち、よくわかるよ。
唯一、ハルくんは何をしていたかは知っていただろうけれど、こちらも顔色は悪い。そりゃあそうだよね、実の兄の話だし、その指示出してるの実の両親だし。
「いや、でもおかげで色んなことが出来るようになったよ。自分の身くらいなら守れるようになったし、毒にもより強くなったし。自分で手当も出来るし食べられる草とかも見分けがつくから、どこかで遭難しても生き残れそう。それに俺、スープ作りは上手いってよく褒められたよ。最初は芋の皮もむけなかったのに」
ははは、と笑いながらウィルくんは話す。たくましいというか、そうならざるを得なかったというか……大変だったね……。
「自分がどんなに恵まれていて、その上で我儘だったかわかったから。良かったよ」
ウィルくんはそれでもちゃんと、こうして反省して前へと進んでいる。
厳しい環境に置かれたのだとしても、ウィルくんは両親からの愛情はしっかり感じていたのだろう。受け取って、噛み砕いて、飲み干した。とても、とても頑張ったのだろう。
……わたしには無理かな。
王子様に転生とか、しなくて良かった。スライムで良かった。わたしは例え両親の愛情をウィルくんと同じように感じていたのだとしても、きっと彼のように頑張ることは出来ない。
何度考えたってわたしの心は死んだ時から変わらない。
もう人間には生まれ変わりたくない。人間関係に辟易している。今こうして屋敷に留まっているのは、誰もわたしと言葉が通じないから、過度に干渉してこないからだ。そういった居心地の良さなのだから。
何も考えたくなくなったら、わたしは眠る。
何時間、何日、何年かわからない眠りに。
そして起きたら、スープを食べるのだ。
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