12・あるスライムと美猫
屋敷にちょこちょこ、ハルくんが遊びに来るようになった。
リィンとはすっかり気が合って友達になったようだ。ルーも最初はウィルくんの弟ということで警戒していたものの、接するうちにどんどん仲良くなった。兄は兄、弟は弟だからね。
その兄の方のウィルくんはしばらく出禁である。あの後両親にこってり怒られたそうで、教育が終わるまでは厳しくいかれるそうだ。頑張ってくれ。
王城には従魔契約をしている小型で凶暴性もなく戦闘能力もほぼない魔物しか連れていけないそうなので、ハルくんとは屋敷で会う。リィンとルーが王城に行くことはあってもわたしは行けないから、久しぶりに会うと必ずといっていいほど、ハルくんはわたしを撫でたがった。よほど好みの触り心地だったらしい。
「今日は、僕の家族も連れてきました。動物なので、従魔契約はしていない子です」
と言ってハルくんが連れてきたのは、猫だった。
真っ白な毛並みに薄緑色の目、ピンク色の肉球……まごうことなき、猫である。
「にゃー」
鳴き声も可愛い。
リィンとルーもめろめろになっている。
「わあ、可愛い」
「可愛いね」
わたしの部屋に放された猫はきょろきょろと辺りを探るように見回し、匂いを嗅ぎ、しばらくしてからペロペロと毛繕いをはじめた。あまり物怖じはしない猫ちゃんのようだ。
「お名前、なんていうの?」
「キティだよ。女の子」
ルーの質問にハルくんが答える。にゃあ、とハルくんに擦り寄ってきた猫の頭を、慣れたように撫でた。
「キティちゃん、可愛いね」
ルーはにこにことずっと笑顔だ。スライムのことを可愛がっているので少々心配はあったものの、ルーはちゃんと普通に可愛いものも可愛いと思えるようだ。変わった趣味じゃなくて良かった。
「キティちゃんはいつもハルくんのお部屋にいるの?」
「うん。元々、王宮に迷い込んでいた子猫でね。親猫を探したんだけど見つからなくて。最初はすごく汚れていて灰色と黒色が混じったようだったんだけど、洗ってみたら真っ白な毛並みの猫だったんだ」
「可愛い……」
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、人見知りをすることもなくキティちゃんはまったりしている。リィンがそっとキティちゃんを撫でても、驚くことも怯えることもなく、ゴロゴロとリラックスしたままだ。
くっ……あれはスライムにはない毛並み。リィンが夢中になってナデナデするのも仕方ない……仕方ないが……ちょっと腑に落ちない。
そろそろとわたしもキティちゃんに近付いてみる。キティちゃんはちらりとわたしを見たけれど、特に他に反応はなく大人しい。
「ノラもキティちゃんを撫でてみたいの?」
キティちゃんを撫でていたリィンがわたしに問い掛ける。そして撫でていた手を離し、わたしに譲る。
撫でるのにはわたしの体を伸ばして動かさなければならない。そこまでせずとも、毛並みを感じることは出来る。そう、ぴったりとキティちゃんにくっついてみればいいのだ。
というわけで、キティちゃんにぴとりとくっつく。
「……にゃあ」
最初冷たかったのか、若干の抗議の声が上げられた。けれどどうやら受け入れてもらえたらしく、キティちゃんは動かない。
そして彼女の毛並みの感触はというと……
もう、ふかふかだ。気持ち良い。あったかい。寝れる。スヤァ…………。
ざり、ざり、という妙な感触で目が覚める。わかる、わかるぞ。これは……猫の舌だ!
というわたしの予想通り、起きたらキティちゃんにぺろぺろと毛繕いされていた。毛はないけど。
猫の舌ってざりざりしていて、不思議と可愛いよね。ずっと舐められ続けると痛い、なんて話も聞くけれど、わたしは前世から猫に舐められるのは痛くなかったし好きだったと思う。とはいえ猫を飼っていたわけでは、たぶんない。友達の家の猫とか、猫カフェの猫とかかな。
自分で動物を飼う余裕がなかったんだよね。自分のことでもいっぱいいっぱいで満足に出来ない状況で、自分以外の命の責任を持つことは出来なかった。だって言葉が通じなくても猫でも犬でも鳥でも魚でも生きているのだから。ご飯さえ与えておけばいい、それで自分の都合の良い時だけ癒してもらおう、なんて、そんなことは出来ない。飼われるのなら、幸せに、わたし以外のどこかで飼われた方が良い。そんな風に思っていた。
キティちゃんは懐っこく、毛艶も良い。きっとハルくんだけではなく、みんなに大事にされているのだろう。
わたしは舌もないので毛繕いをお返しにすることは出来ない。なのでキティちゃんが喜ぶことは何か、と考えると。
でろ、と体を伸ばす。さあさあ、キティちゃん。わたしの体で存分に爪を研いでくれ!
「にゃー」
そんなわたしの意思はキティちゃんには通じることはなく、彼女はご主人であるハルくんのところへと戻ったのだった。
何故だろう。フラれた気持ち……。
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