11・あるスライムと顔合わせ
今日はどうやら、大変な客人が来るらしい。
何でも王子様が二人、屋敷に来るそうなのだ。
王子様というのは勿論、リィンやルーが住んでいるこの国のだ。つまり国王様のお子さんだね。
ただのスライムのわたしにはどの国だろうが偉かろうが関係のないことなのだけれど、一応従魔契約をしていないスライムが王子様たちの前に姿を現すのはどちらにとっても危険なので、今日は一日部屋にいて欲しいと言われていた。
王子様と遭遇して無事じゃないのは間違いなくスライムのわたしだしね。それに何もせず窓際でぽかぽか日向ぼっことか大好きだし、全然苦ではない。何なら毎日でもいいくらい好きだ。
そんなわけでわたしは部屋でまったりとしているけれど、部屋の外はバタバタしている。リィンとルーも出迎える準備とかもあって、ずっと忙しい様子だ。人間は大変だなあ。
今日も今日とてお日様の光はとてもおいしい。わたしは窓辺のふかふかベッドでまったりと眠っていた。
……ああ。何かに攻撃されているな。
そう感じてふと目が覚めた。
「……何だこのスライム、かたい……」
見ると、わたしの体は小ぶりのナイフで突き刺されていた。
ナイフを持っているのは子供だった。見たことのない顔だ。淡い金色の髪に、同じく金色の目。リィンより少し年上くらいだろうか。まだ幼い。
けれどしっかりナイフを握りしめて、わたしの核を狙って突き刺していた。
この屋敷に来る前のわたしだったらとっくにナイフは核に到達して、わたしは死んでいただろう。
けれど屋敷に来てからは生命の危険のない環境、満足の行く食事、たくさんの栄養を補給しているわりにまったく消費していないので、わたしは少し丈夫になっている。
……とはいえ、このままではそのうちナイフは核まで届きそうだ。少し丈夫に、とはいえ、あくまでスライム基準である。大人の力でぐっと押し込まれたら簡単に倒せる程度だろう。
何故この子供がわたしを殺したがっているのかはわからないけれど、本気でやろうとしていることはわかる。ナイフはギチギチと少しずつ、核に近付いてきていた。
どうしたものかなあ。
「いやああああああああ!!!!」
じりじりとした拮抗状態を終わらせたのは、悲鳴だった。これはルーの声だ。
わたしを刺していた子供は慌てたようにナイフを抜き、隠す。
「ルーリルア様!どうされましたか!?」
護衛の人が悲鳴を上げてぼろぼろと泣き出したルーの側へ行く。そして部屋の中を見て状況を確認しようとするものの、子供はナイフを後ろ手に隠したから護衛さんからは見えないだろう。
「ウィルキス王子殿下、何故こちらにいらっしゃるのですか?」
どうやらわたしを刺していたこの子供は、王子様らしい。恐らくこっそり殺そうとしていたのだから、この部屋に来ることは誰の許可も取ってはいないのだろう。人の家の部屋に勝手に入ったらダメだよ、ウィルくん。
「何でも……少し道に迷っただけだ」
ウィルくんはぶっきらぼうにそう話す。苦しい言い訳だなあ。悪手だぞ。だって既にルーに
見られてしまっているのだから。
「ちがうわ!ノラちゃん、ノラちゃんを、さしてたの!!」
ルーが泣きながら叫ぶ。ここまでのギャン泣きは出会った時のあれ以来ではないだろうか。懐かしいなあ。
「ノラを……?……ウィルキス王子殿下、それは……」
護衛さんも戸惑っている。それが本当ならルーにとっては大ごとだが、相手は王子様だしね。対応に困るのもわかる。
ウィルくんは二の句が告げないまま、唇を噛み締めている。それからわたしをギッと強く睨んだ。
「お前、邪魔……!」
ええ……わたし初対面のはずなのに何でこんなにウィルくんに憎く思われているの。まったくわからん。
ウィルくんは激情そのままにまたわたしを再び刺そうとしたところ護衛さんに止められ、そうしているうちにルーの両親が現着して騒動は一旦終了したのだった。
今回は王子様二人とルーの、顔合わせだったそうだ。
ルーは爵位の高い家のお嬢様だから、相性が良ければいずれどちらかと婚約をどうか、という。まだ幼いからまずは友達感覚で会ってみることになったらしい。
とはいえルーはルーのパパが王城に行く時に一緒に行くこともあったそうで、ウィルくんはその時からルーのことが気になっていたとのこと。ませた子供である。
で、ルーが可愛がってよく話をしているスライム……つまりわたしに、嫉妬したと。
スライムに嫉妬って……心が狭すぎるだろう。まだ子供とはいえ、王族として大丈夫か?
結果的にルーにめちゃくちゃ嫌われてしまったので、ウィルくんとの婚約はもうなさそうだ。
駄目だよ本当。好きな子のことは尊重して大事にしないとね。
後日、部屋で寛いでいたところ、ノックが聞こえた。
「ノラ、今いいか?」
入ってきたのは護衛さんだ。それともう一人、子供だ。知らない顔。でもどこかで見たことがあるような。
「はじめまして。私は、ハルベルト・クローバーといいます。……先日は兄が、たいへん失礼しました」
ウィルくんの弟か。なるほど、顔立ちはよく似ている。けれど雰囲気は全然違うな。
ハルくんは銀髪に金色の目だ。不思議な色合いだな。それに弟というだけあってハルくんの方が年下だろうに、兄であるウィルくんよりよほどしっかりしているように見える。
ウィルくんが直情型で活発な感じだが、ハルくんは理知的な感じがする。話す声も穏やかだし。リィンと気が合いそうだな。年も同じくらいに見えるし。
「ナイフで刺されたと伺いましたが、傷は大丈夫ですか?」
心配そうにそう聞かれる。社交辞令ではなく、心から案じているように見える。自分がやったことじゃないのに。
スライムは核以外の損傷は基本的に軽微だ。元々痛みも感じないくらいだから、何ともない。なので元気そうにぴょこんと跳ねてみると、ハルくんは安心したように息を吐いた。
「……本当に、兄が申し訳ありませんでした。侯爵家の方々に大切にされているスライムなのだと、聞いていたのに……」
私的な場とはいえ、王族でもしっかり謝れるんだなあとわたしは感心した。しかも自分がやったことでもないのに。
あの日は王子様二人が来る、と聞いていたから、姿は見かけなかったけれどハルくんも来ていたのだろう。そこで兄のウィルくんがスライム殺人、ならぬスライム殺スライム事件が起こってしまったと。
何というか、不憫だな……。
まあでも王子様が二人とも自分勝手な感じではなくて良かったと思う。だって王子様ってことはいずれ王様になるわけでしょう?……いやでもあっちが兄か。大丈夫かな?子供だし、まだどうとでもなるか。
「あの…………」
しばらくするとハルくんが控えめにこちらを見てくる。何だろう。
「さ、触っても、いいですか?」
ほわりと頬を赤らめて照れたようにそう話す。可愛い子供だ。存分に触るがいいさ。
ぷるぷるぷると震えて待機する。
「ハルベルト王子殿下、触って良いようです」
言葉が通じないので、わたしの様子を見て護衛さんがそう伝えてくれる。もはや屋敷の人たちとわたしは簡単なことなら以心伝心である。
「ありがとうございます。では、失礼します」
ハルくんは嬉しそうに笑うと、そっとわたしに触れた。それから恐る恐る手を動かし、撫でる。
「わあ……ぷるぷるしてる……ちょっと冷たい」
ふふふ。どうやらわたしのぷるぷるボディにはまったようだ。
兄のウィルくんは論外だが、弟のハルくんならルーの婚約者にしてもいいんじゃない。などと、親のような目線でわたしは思うのだった。
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