9・あるスライムとピクニック
わたしは今、生まれてはじめての馬車に乗っている。
ルーに抱っこされて馬車の中の窓から外を眺めているけれど、移動がとても早い。すごい。
前世の車やバイクほどのスピード感はない。馬も全力で走っているわけではなく、パカパカと穏やかペースでの走行だけれど、それでも人間が移動する速度より早く、ましてやわたしの移動速度など比べものにならない。
馬車の中にはわたしを抱っこしているルーと、隣にリィンが座り、向かいにメイドさんが一人座っている。あとはこの馬車を動かしている人と、周りに護衛の人たちがいる。護衛の人たちは馬車ではなく、馬に直接乗っている。とてもかっこいい。
今日はいわゆる、ピクニックだ。
屋敷からわりと近い湖へと向かっている。そこでまったりして、遊んで、お弁当を食べて帰ってくる予定なのだ。
ちなみに今向かっている湖は、わたしが元々いた屋敷の側の森にあった湖ではない。あの辺りは奥地に入ると普通に魔物や動物がいる。湖近辺にも生息していた。あんなところでお弁当を広げてウキウキらんらんピクニックなどする人間がいたのならばそれは猛者だ。
なので当たり前だが、人間の手が加えられ、観光用に開拓された場所にある湖に向かっている。
湖のすぐ近くまで馬車が通れる道が整備されていて、危険な魔物や動物が出ないように囲い、見回りもしているそうだ。
前世でいう広い公園みたいな感じだろうか。
無事現地まで到着すると、わたしは相変わらずルーに抱っこされたまま降りる。もうルーに抱っこされているのが定位置のようなものだ。
わたしは移動するのに動くのが億劫だし、抱っこされていると楽でいいので大歓迎だが、ルーはルーでわたしを抱っこすることでお姉さん気分なのかもしれない。何かとわたしの世話を焼きたがるお年頃なのだ。
それに活発で行動力アリアリのルーがわたしを抱っこしている時は流石に素早く動いて脱走出来ないので、色々な人にとってもこの定位置はしっくりくるものなのである。
「ノラちゃん、みずうみついたよ!」
ルーは走ることはせず、てこてこと歩きながら湖の近くへと移動する。
「ルー、湖の近くでは落ちてしまわないように気をつけてね」
「はぁい!」
リィンはルーの隣を歩く。すっかりお兄ちゃんだ。微笑ましい。
流石、人間の手が入って整えられているだけあって、綺麗な湖だ。
今日は天気も良いので、太陽の光がキラキラと水面に反射していてとても良い。湖の周りに木々はでかでかと葉っぱをつけて生えているけれど、湖自体にあまり落ちた葉やゴミは浮いていない。掃除をきちんとされているのか、透明度の高い湖だった。とても癒される。
「きれいだね、ノラちゃん」
ルーはとてもご機嫌である。
「そうだ、ルー。ここではノラとあまり離れないようにね。ノラも、あまりぼくたちと離れたらだめだよ」
湖の側でほっと一息吐いたところで、リィンがそう話す。
「ノラちゃん、ひとりでおさんぽだめなの?」
「危ないからね。ノラは従魔契約をしているスライムじゃないから、野生のスライムだと思われてだれかにたおされてしまうかもしれないから」
なるほど、確かに。野生のスライムとわたしに違いはない。見た目もそうだし言葉が話せるでもない。従魔契約をしていれば誰かの連れだとぱっと見でわかるのかもしれないが、それもない。今はルーに抱っこされているから、野生ではないのか?と思われている感じなのだろう。
ここでルーから離れたり、リィンや他の使用人さんや護衛さんから離れれば、わたしは見分けのつかないただのスライムだ。
ルーはリィンの話を聞くと、わたしを抱っこする腕に力が入った。同時に真っ青な顔になり、涙目になっている。
「ノラちゃんがいなくなるの、ルーやだよぉ……」
「うん。だから一緒にいるようにね」
「うん……」
よしよしとリィンはルーの頭を撫でる。幼い兄妹の戯れ……良きかな。
そんなわけでわたしは湖到着後も、絶賛ルーの腕の中である。
到着するまではルーは湖の周りを駆け回ったりするのかな、と思っていたけれど、わたしを離さないのでお淑やかなお嬢様みたいに優雅に散歩をしている。そう、着ているものも上等なものだし、黙って大人しくしていればルーは愛らしいお嬢様なのだ。
事実、淑やかに散歩をするリィンとルーの姿は湖に訪れている他の人たちには微笑ましく見られているし、二人と同じ年頃の子供たちからは見惚れたような視線さえある。抱っこされたスライムがいるという違和感を打ち消すほどに。
しばらく散歩をして湖を眺めたり、側に生えている植物を観察したあと、お昼を食べることになった。
基本的にリィンやルーたち貴族と使用人の方たちは同じ食卓にはつかないらしい。けれどリィンとルーは一緒に来たメイドさんや護衛さんがお昼を食べれないことを心配して、メイドさんと一部護衛さんは一緒にお昼を食べることになった。護衛さんは仕事もあるので、交代で食事をするそうだ。
やけにお弁当の量が多いなとは思ったけれど、こうなることを見越してか、あるいはリィンとルーが見ていないところでサクッと食べる予定だったのかもしれない。
みんなで座り、広げられたお弁当は、普段のナイフやフォークを使って上品に食べるようなものではなく、外でも食べやすい感じのラインナップだった。
サンドイッチや、サラダ、食べやすいサイズにカット済みの肉類などだ。おいしそうだなあーとは思うけれど、特に食べたいとも思わないわたしは、普通に日差しを摂取しようかと微睡む。
「ノラはこちらですよ」
と、メイドさんが何かを差し出す。
スープじゃないか。
どうやら大きな入れ物に蓋をしてこぼれないように持ってきてくれたらしい。ああ、このくたくたに煮込まれた野菜感。堪らない。冷めてるだろうけれど。
「今温めますね」
なん、だと……温める……?
メイドさんは容器に入ったスープに手をかざすと、何やらもしょもしょと呪文のようなものを呟く。すると、冷めているはずのスープから、ほんわかとした湯気が出た。
すごい。何だこれ。興奮したわたしはぴょんぴょん跳ねる。するとメイドさんはくすりと微笑ましいものを見るように笑った。可愛い。
「簡単な魔法でしたら、私も使えるのです。火属性の魔法で、ノラのスープを温めました。温かい方が、おいしいですものね」
めちゃくちゃ良い子じゃないか、このメイドさん。それに魔法だって、すごい。
「ノラちゃんがリエッタにものすごくなついてる……」
わたしが全力で喜びを表現していると、それに気付いたルーがどこか羨ましそうな視線を向けてくる。
「ねえリエッタ。ルーもスープをあったかくするまほう、つかえる?」
「ええ、勿論。練習すれば出来るようになりますよ。お嬢様には魔力がある、と旦那様と奥様にお聞きしていますから」
「じゃあ、こんどはルーがノラちゃんのスープをあったかくする!」
ルーの決意を聞きつつ、わたしは温まったおいしいスープに夢中だった。うまい。
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