8・あるスライムとあるメイドの一幕



 ある日突然、私がメイドとして勤める侯爵家にスライムがやって来ました。

 ルーリルアお嬢様が一時行方知れずになった際、猪に襲われたそうなのですが、その時に助けてくれた野生のスライムだというのです。

 どう対応するべきなのかと少し悩みましたが、私たち使用人があれこれ議論する前に、旦那様と奥様が客人として丁重に扱うようにと指示を下さいました。


 私はその日の晩、お嬢様の部屋付きとして待機していました。お嬢様は連れてこられたスライムによく懐いていて、眠る時まで離さなかったのです。

 スライムは無害な生き物で、私のような戦闘経験などないただのメイドでも、ナイフでもあれば簡単に倒せてしまうほどです。人を襲ってきたスライムの話も、聞いたことはありません。

 なのであまり心配はしていませんでしたが、お嬢様が連れてこられたスライムはとても大人しく、利口であるように感じました。

 これまで生きてきてスライムに遭遇したことは何度もありますが、どのスライムも特段、意志を持って動いているようには見えません。

 全く動かないまま逃げることもなく誰かに倒されていたり、同じ所を不思議とぐるぐる回っていたり、とてもではありませんが知性のある魔物には見えませんでした。

 ですがこのスライムはまるで私たちの言葉を理解して動いているかのよう。

 今もお嬢様が深く寝入ったのを見計らったように、ベッドから飛び降りています。それに扉から出入りはするものと理解をしているのでしょう、迷うことなく入り口側に待機している私の方へと向かってきます。

 折を見て扉を開けると、私が扉を開けたことを喜んだりお礼をするかのように、飛び跳ねます。そしてきちんと扉から外へ出て行きました。



 この日以降もノラと名付けられたスライムは屋敷に滞在を続け、専用の部屋まで準備されました。

 すると当初はどこかで立ち止まっていたり、庭園で日に当たっている様子だったスライムは、時間の経過と共に私たち使用人のお手伝いまでしてくれるようになりました。

 最初にその話を聞いた時には半信半疑だったのですが、私がゴミ捨てに向かおうとしたところ、現れたスライムがゴミを袋ごと取り込んだのです。

「ありがとうございます」

 そう伝えると、スライムはぴょんと跳ねました。

 やっぱり、人の言葉を理解しているように感じます。


 客人としてのスライムがいることによって使用人の仕事が増えたかと言えば、寧ろ減っています。

 滞在されているお部屋は何故かいつも塵一つなく、ゼリーのようなお体をしていても液体が床や壁を汚すこともありません。どうなっているのかとても不思議なのですが、少し撫でさせていただいたところ、お体は弾力があり、そしてやはり触ったら手が汚れることもありませんでした。

 スライムが屋敷内を歩いているお陰なのかわかりませんが、廊下の掃除も以前より楽ですし、ゴミも減りました。

 食事はスープだけは好んで召し上がるようですが、量も大したことはないので、料理を作る手間もないそうです。あとは時々、奥様や他の使用人たちにお菓子をもらっているようですが、スライム自身が望んで催促するようなことはなく、ちょっとしたお礼のような感覚で受け取って食べてくれているような感じがします。




「……あ」

 ある日の休憩時間、庭園でのんびりしているスライムの姿を見ました。

 ちょうどこの数日前、私は掃除を手伝っていただいていました。翌日から実家に帰省するためにお休みをいただいていて、その直前に。

 私は自室のある使用人棟へ一度戻り、それから庭園に戻ってくると、スライムの姿はまだありました。

 ほっと息を吐き、スライムに近付きます。

「こんにちは」

 スライムは日向ぼっこをしているようでした。お邪魔をしてしまったか少し心配でしたが、そんな私の杞憂を晴らすように、スライムはぷるぷると愛らしく震えて挨拶を返してくれました。

「いつもお手伝いをしていただいて、ありがとうございます。私、実家に帰省していまして。その時に妹とクッキーを作ったのです。もしよろしければ、いかがですか?」

 自室から持ってきたクッキーの入った袋をスライムに見せると、嬉しそうにぷるぷるぷると震えました。不思議と、顔があるわけでもないのに可愛らしく感じます。

 袋から一枚取り出して差し出すと、すぐに食べてくださいました。

 言葉も通じず顔もないスライムですが、感情表現はしっかりしてくださる方のようで、喜んでくださっていることは何となくわかります。

「ふふ、どうぞ、何枚でも」

 もくもくとクッキーを食べてくださるスライムの隣に私も座り、同じように日差しを浴びながら休憩します。そして実家の家族のことを隣にいるスライムに話しました。うちは仲の良い家族で、そして少し歳の離れた妹はとても可愛いのです。そういった、何でもないお話を。

 返答があるわけでもありません。それでも聞いてくださっていることはよくわかり、嬉しくなります。このような取り留めもないことでも、何故かこのスライムには話しやすいのです。





 *





 庭園で日向ぼっこをしていたら、可愛いメイドさんにクッキーをもらった。役得である。


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