6・あるスライムの運命の出会い



 『このスライムはリィンとルーのおともだち』という形で、話はまとまったようだ。

 これがごく一般的な魔物とかだと子供を傷付ける心配とかもあって従魔契約をしないでこのまま、ということはあり得なさそうなので、そこは最弱のスライムならではだと思う。だってわたしのうっすらした記憶やら本能やらに刻み込まれている魔物ってこう、何だか強力な奴ばかりだからね。

 動物よりも魔物は基本的に気性は荒いし、持っている力も強い。中には魔法を使ってくる種類もいる。そんな中で魔物という区分の中で無害な存在のスライムはたいへん珍しいのだ。


 ちなみに動物と魔物の違いは、大まかに言えば魔力を持っているか否かだ。

 魔力を持っている魔物はわたしの体にあるように体のどこかに核があり、そこに溜め込まれている魔力を主な生命活動のエネルギーにしている。だから魔物の中でも魔法を使えない種類は山ほどいる。

 人間も魔力を使える個体もいるけれど、人間には何故か核はない。不思議だよねえ。


 ふわり、と良い匂いが強くなる。話もまとまったところで、朝食が運ばれてきたようだ。

 スライムの体も不思議だよね。目はなくても見えるし、鼻がなくても匂いはする。見たくなければ見ないぞっと思うと真っ暗になるし、嗅ぎたくなければ嗅がんぞって思うと匂いもシャットアウトされる。便利な体だ。

 ルーは手を洗い直して椅子に戻り、家族はようやくの朝食をはじめる。


「ノラちゃんは、なにかたべる?」

 とルーが聞いてくれたお陰で、わたしの座る……乗る、かな?わたしの乗る椅子の前のテーブルにも、ご立派な朝食が並べられた。

 ただのスライムに太っ腹が過ぎないか。まあ一応、ルーを助けたお礼も込みなのかもしれないが。


 昨夜の夕食時は前菜やらメインやらが順番に運ばれてくるフレンチのようなスタイルだったけれど、今朝は一度にすべてが準備され、テーブルに並べられた。

 ふんわりと焼き上げられたパンと、あっさりめの味付けっぽそうな鶏肉のようなものに、サラダ。それからスープ。一般的な朝食、より少々豪華な朝食、といった印象だ。

 なお間違いなく前世のわたしと比べたら、めちゃくちゃ豪華な朝食だと思う。前世のわたし、ろくなもの食べてた記憶ないぞ。特に朝とか忙しすぎて、パン齧って水で流し込んでそれだけとか、……してた気がするなあ。

 今はそんな時間に縛られるスライム生ではないので、余裕でのんびり朝食を摂取することは出来る。出来るのだが、残念なことにそこまで食欲は湧かない。先ほどまで存分に浴びていた朝日でわたしは満たされているし、元人間だからといって人間が食べるようなものを食べたいとも思わない。

 わたしはあんまり食にこだわりのない人間だったのかもしれない。

「ノラちゃん、ごはんたべないの?だいじょうぶ?」

 だが純粋なルーは目の前に置かれたのに食べものを口にしないわたしを心配しはじめた。

「ルー。スライムは特に何も食べなくても生きていけるんだよ」

 とルーのパパが教えてくれるけれど、ルーの心配そうな視線は変わらなかった。

「あのね、ルーもね、げんきないときあんまりたべれないことあるけど、スープはのめるの。だからね、ノラちゃんもこれ。とってもおいしいのよ」

 ルーはわたしの近くまで来て、わたしの前に置いてあったスプーンでスープを掬い、わたしの体へと近付ける。

 でもわたし、お腹空いてないんだよなあ。消化するのもちょっと面倒くさいなあ。

「はい、どうぞ」

 ズボ。と、ルーはスプーンをわたしの体に躊躇なく突っ込んだ。子供ゆえの容赦のなさよ……。痛くはないけどさ……。

「おあじはどう?」

 にっこりと天使のような笑顔のルーである。仕方なく咀嚼する。歯もないけれど。


 …………。


 うっま。なにこれ。


 もごもごと体を伸ばし、テーブルにあるわたしの分のスープに触れて、摂取する。

 薄味の、野菜のうま味が溶け出した、とてもシンプルなスープだった。

 具材も肉等は入っていない野菜だけなのだが、丁寧に味を整えたのか、とても完成された一品だった。塩味が程よく、野菜がおいしい。なんだこれ。

「ノラちゃん、スープがきにいったの?」

 ルーはにこにことご満悦である。そしてわたしにこれを食べさせてくれたこと、マジ感謝。うま。


 そういえば前世から、こういうのは好きだった気がする。

 食欲がなくても、時間がなくても、お金がなくても、余ったりした野菜を出汁入れてスープ化するだけで、お腹は膨れたしおいしく食べることが出来た。あまり、野菜自体は好きではなかった気がするのに、スープにしてしまえばわりと何でもおいしく食べることが出来た。

 こんなにおいしく仕上げことはないけれど。あと少し、違う。そんな気もするけれど。


「ノラちゃん、ほかのもたべる?」

 ルーが今度はパンやサラダを差し出してきたけれど、そちらは断固拒否である。ぴょん、とわたしは椅子から逃亡した。

 わたしはこのスープの余韻に浸りたいのだ。





 それから昼、夜と続けてスープだけは堪能したところ、わたしはどうやらスープが好きなスライムだと認識されたらしい。以降の食事タイムにはわたしの分のスープがしっかりと準備されるようになった。一切手をつけない主食やサラダなどは翌日からはわたしの食卓に出てくることはなかったのである。


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