5・あるスライムと従魔契約



 一晩経って落ち着いたところで、広い部屋に家族が揃っている。

 わたしは昨夜はあのまま庭園でまったりと過ごし、爽やかな朝日を存分に浴び、たいへん満足していた。が、今朝目を覚ましたルーはベッドにわたしがいないことに気付くなり泣き出してしまった為、慌てた使用人さんにその説明をされ抱っこされルーのところへ送り届けられたのだった。

 そんなこんながあったので、わたしは現在椅子に座る、ルーの膝の上だ。

 これから朝食だと言っていたから、ここは食事をする部屋なのだろう。昨日もルーが食事をとる姿は見ていたけれど、何というかめぐるましく色々進んでいたので、ゆっくり周りを見渡す余裕はなかったのだ。庭園のように自分が行きたいなあと思ったところくらいしか覚えていない。

 広い部屋には中心に大きなテーブルがどかんと置いてあり、そしてそれぞれ椅子に座っている。昨日名前を知ったルーとリィン以外に、二人によく似た大人が二人。昨日も顔は見たが、ルーとリィンのパパとママなのだろう。

 他の椅子には座らず立ったまま控えていたり食事の準備をしているのは家族ではなく、使用人のみなさんだろう。お疲れさまです。


 昨日のルー迷子事件はルーが眠っている間に家族間でしっかり共有されたらしい。今朝のリィンは昨夜のように、罪悪感やら何やらでごちゃっとした様子はない。あの後か今朝か、もしかしたら改めて両親と話したのかもしれない。

 ちなみにルーは本日、しこたま怒られるらしい。昨夜会った時にリィンが教えてくれたのだが、ガタガタ震えながら悲痛な表情で話していたので、恐らくリィンもしこたま怒られた後だったのだろう。

 うん。でも、反省は大事だよね。

 その結果として今のリィンがすっきりした様子であるなら、ご両親はリィンの話もよく聞いてきちんと叱ってくれたのだろう。なのでルーもこれは仕方ない。いっぱい怒られて反省して、ちゃんとした大人になるんだぞ……。


「ルー、そろそろ食事が運ばれてくるから、そのスライムを離してあげなさい」

「…………はい」

 ルーのパパの言葉に、名残惜しそうではあるもののルーはきちんと頷いた。昨日はあれこれあったからだが、普通に食事時にスライム抱えてではちょっと不衛生だよね。わかる。

 いやわたしのボディはゼリーのようなつるつるすべすべつやつやではあるけれど、人間のようにお風呂に入ったりするわけじゃないし、森で活動していたしね。

「スライムさんも、ごはん、たべるの?」

 ふいに、はたと気付いたようにルーが呟く。

「たべるわよね」

 そう言うなり、ルーはわたしを抱っこすると近くの椅子に座らせた。決断と行動が速い。そしてこの行動にはルーのパパもびっくりである。ルーからわたしを受け取ろうとしていた使用人さんの両手は行き場を失って固まっている。子供の行動力の早さをなめてはいけない。

「ふふ」

 一連の流れを見ていたルーのママがふんわりと笑う。とても可愛い雰囲気だ。だが怒るとめちゃくちゃ怖いらしい。昨夜リィンをしこたま怒ったのは主にママらしいからね。

「ルーはそのノラスライムさんと、従魔契約をしたのかしら?」

「じゅうまけいやく?」

「一緒にいる為にルーに従ってねって、約束をすることよ」

 首を傾げたルーにママがわかりやすく丁寧に説明をした。ルーは少し考えてから、ふるふると首を振る。

「ううん、していないわ」

 そうだね。わたしもした記憶はない。

「あなた、なまえ、ノラっていうの?」

 ルーはわたしをじっと見つめて問い掛ける。

 さっきルーのママがわたしをノラスライムと称したことで、それがわたしの名前だと思ったのだろうか。単純すぎない?心配になるよ。

 ノラは明らかに野生的な意味合いの野良だと思う。ママもちょっと困ったように笑っている。

 わたしには名前はない。とはいえ、言葉は通じないから違うとも言えない。特にこだわりがあるわけでもないから、名前がノラでもいいのだけれど。

「ルー。従魔契約をすればそのノラスライムさん……ノラと、意思疎通出来るようになるわよ」

 さりげなくわたしの名前、今ノラで確定された感がある。まあいいか。

「そうなの?」

「ええ」

 そうなのか。

 うーん。……でも従魔契約は嫌だな。

 ルーのことは今のところ好きだけど、そういうので縛られるのは嫌だ。わたしは自由なスライムなのだ。これからもそうでいたい。

 わたしがそう考えていることを知ってか知らずか、いや知らないか確実に。ともかくルーは迷う素振りは見せずに、わたしをじっと真っ直ぐに見つめる。

「あのね、ルーはね、ノラちゃんとおともだちになりたいの。でもなんとなくだけど、じゅうまけいやくはたぶん、ちがうとおもうの」

 ルーは綺麗な青色の目で、わたしを見つめ続ける。純粋な、綺麗な目だ。

「ねえ、ノラちゃんは、わたしとおともだちになってくれる?そばにいてくれる?」

 言葉が通じて一緒にいることが確約される従魔契約よりも、ルーは言葉が通じないままでも友達になりたいのだと、わたしに判断を委ねた。

 まだとても幼いのに、物事の本質は何となくでも理解しているように感じる。賢い子だな。

 従魔契約をされそうになったのなら、是が非でも逃げようと思っていた。けれど、友達なら良いかな。このまま、しばらくここにいても。

 了承したのだと言うように柔らかくぷるぷる震えてみせると、それまで少し不安げだったルーの表情が途端にぱあっと明るくなった。

「ありがとう、ノラちゃん!」

 ぎゅむ、と小さな腕で抱きついてくる。


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