4・あるスライムと夜の散歩



 無事救出されたものの、ルーがずっとわたしを抱きしめて離さないので、結局害はないだろうと判断されたのかわたしはルーに抱っこされたままルーのおうちへと連れて行かれた。

 とっても大きい家だ。というか屋敷。何部屋あるのかもさっぱりわからない。案の定、ルーは良いとこのお嬢さんだったのだ。

 家に着き、ようやく泣き止んだルーは、それでもわたしを離さなかった。なんやかんやルーの当初の要望通りわたしはルーのおうちに来ることになっている。強いな、この幼女。


「あのね、ルーのことスライムさんがたすけてくれたの」


 と、会う人会う人みんなに説明して歩く。

 ルーの家族だろうよく似た人たちから、使用人っぽい人たちまで、とにかく色々な人にルーはちょっと自慢げにわたしを抱っこしながら見せた。

 しばらくの間騎士さんからは、このスライムは何なんだろう……みたいな微妙に鋭い視線が届いていたけれど、家に戻ってきてルーとわたしのこの様子を見て、警戒するようなそれは何だか和らいだ感じがする。まあ実際スライム、弱いしね。何かあってルーが叫び声でも上げれば、一瞬で騎士さんの剣でサクッと核を破壊されるんじゃないかな。猪より鋭いし長いし。


 ルーはその後お風呂に入れられ、ご飯を食べ、そして疲れていたのかすぐに寝た。けれどその間ずっとわたしを離さなかった。抱っこしたり、膝の上に乗せたりして。

 わたしは柔軟なスライムだし、抜け出そうと思えば抜け出せたけれど、震えていた小さな女の子が少しでも安心することが出来るのなら、少しくらい拘束されるのはまあ良いかと思ったので大人しくしていた。

 今はルーはぐっすり眠ったので、久方ぶりにわたしは解放された。自由だ!!


 このままこっそり森に戻るか、のんびり街を観光しつつ森に戻るか、ちょっと気掛かりなルーをもう少しだけ見守るか迷うところだ。けれどまずは外の空気を吸いたいかな。

 ぴょん、とふかふかのベッドから飛び降り、扉の方へと向かう。

 部屋の中は随分暗くなっていたけれど、ルーの部屋の中にはメイドさんが一人待機していた。部屋の入り口近くに小さな灯りを付けて、椅子に座ってじっとしている。いつもいるのかな?でも眠ってしまえば特に何もないだろうに、っていつもいないスライムのわたしがいるからかな。もしかして。あるいは今日は大変だったし、夜中にルーが目を覚まして泣いたりすることもあるのかもしれない、と危惧してだろうか。

 メイドさんは扉に向かうわたしの姿を見ると、にこっと笑い、そっと扉を開けてくれた。

 なんて出来たメイドさんなんだ。あと可愛い。ありがとう。

 とはいえわたしに伝える術はないので、ちょっとだけ嬉しそうにぴょん、と飛んでみせて、それからもそもそと扉の外へと出た。


 そして廊下をのんびり歩く。何人かの使用人の人とすれ違ったけれど、みんなスライムに驚くこともなく、まるでお客さんにでも接するように笑顔を見せて軽く頭を下げる。

 もしやわたしは歓迎されているのだろうか。

 だとしても、主人であるルーや家族の人たちが見ていないところでもこうして礼を尽くしてくれるあたり、よく出来た人たちなんだなあ。嫌な視線は一つもない。


 わたしはルーに抱っこされている時に通りがかった、屋敷の庭園へと向かうことにした。ちらっと見ただけでもすごく良さそうな庭園だったのだ。あそこで日向ぼっこしたい。

 とはいえもうすっかり日は落ち、夜になっている。日向ぼっこは明日に持ち越しだが、夜は夜でとても良いものだと思う。そこで寝て、朝日待ちでも良いし。うん、朝日を浴びるのも良いな。そうしようかな。

 森生まれだからそう思うのかスライムだからなのかはわからないけれど、庭園みたいなところって良いよなあと思う。とても居心地が良い。自然なものとか、綺麗なものとか、良いよね。そこで浴びる日の光は格別である。おいしい。


「……ぁ」

 小さな声。これはルーのにいさまだ。

 もう夜なのに、ルーのにいさまもどうやら庭園に散歩に来ていたようだ。まだ幼いのに起きてていいのか?と思ったけれど、服装はしっかり寝巻きだし、少し離れたところに使用人さんも待機している。眠れなくて散歩に来たのだろうか。

 所在なさげに庭園に立っていたにいさまの側に行き、まじまじと見つめてみる。スライムに目はないので、わたしがガン見していることはあちらからはわからないだろう。

 兄妹というだけあって、確かにルーとよく似ている。順番的にはルーがにいさまに似ているのか。目の色と同じ青色だし、髪の色もほとんど同じ金色だ。ルーの方が少しだけ、髪の色合いが薄いかな、というくらい。

 ルーのにいさまは側に来たわたしを見ると、しゃがむ。子供だから元々そんなに背丈は高くなかったけれど、しゃがむともっと近くなる。

「あの……ありがとう、ルーを助けてくれて。……もしかして、きみはもう行ってしまうの?」

 不安げな声だった。しかも目元は赤く、泣き腫らしたあとがある。ルーの前では気丈に振る舞っていてもこの子もまだまだ子供だし、怖かっただろう。なんというかこう、放って置けないよね。

 ぷるぷるぷる、と震えながらルーのにいさまの足元に擦り寄る。まだしばらくはここにいるつもりだ、とでも言うように。

 するとルーのにいさまは驚いたのか目を丸くし、それからわたしの体をやさしくそっと撫でた。

「……ほんとうに、きみはかしこいスライムさんなんだね。ぼくたちの言葉がわかるみたい……」

 実際理解はしているしね。ルーのにいさまが驚くのも、わからないでもない。たぶんだいたいのスライムは、ぼんやりのんびりのびのびしているだけだからね。言葉がわかろうと、そうでなかろうと。

 わたしだって今は何となくの意思疎通をしているけれど、面倒になったらわからないふりをするだろうし。

「あのね、ぼくはリィン。リィンハルトっていう名前なんだ。年は六さい。きみになついていたルー……、ルーリルアの兄なんだ」

 言葉の通じないスライムに、すごく丁寧に自己紹介してくれた。

 ルーのにいさまは、リィンというらしい。リィンハルトとルーリルア。貴族っぽい立派な名前。でもわたしは声に出して呼んだりするわけじゃないし、長いし、心の中で呼ぶにはリィンとルーでいいよね。長いし。二回言ったな。

「今日、ルーが危ない目にあったの、ぼくのせいなんだ……」

 リィンはぽつりと、声を震わせながらそう話す。じんわりと涙も滲んできた。

「妹がうまれてから、みんなルーのことばっかりで。……ルーはとっても可愛いし、もちろんぼくもルーのこと大好きだよ。……でも、……」

 あーこれはきょうだいあるあるというものなのでは。下の子が生まれて、上の子があんまり構ってもらえなくて寂しい的な。

 少し離れたところにいる使用人さんには聞こえないだろう、小さな声だ。心配とか罪悪感とか色んな気持ちがないまぜになって、吐露するのも戸惑われたのかもしれない。けれどまあわたしは話すことの出来ないスライムだからね。聞き役にはぴったりだ。急かすこともなくじっと次の言葉を待っていられる。

「……ぼく、今日ルーに、勉強で忙しいから一人で遊んでてって、言っちゃったから……」

 やがて意を決したようにリィンがそう話す。

 なるほど。そして一人で遊ぶことにしたルーは人々の目を掻い潜り、森の奥地へ行ってしまったと。随分遠くまで。……行動力のある子だなあ。

 でもなあ、それはリィンのせいではないとわたしは思うけれど。

 全然悲しんでもいなかったルーの様子から察するに、喧嘩をしたように拒絶したわけではないのだろう。リィンの言い方が悪かったせい、とはならない。

 どのみちわたしは言葉を話せないから、わたしからリィンに慰めの言葉は伝えることは出来ない。けれどこんな風に自分を責めて泣いてしまう子供を見るのは、ちょっと嫌かな。


 わたしは体を少し小さくし、ぴょん、と勢いよくジャンプをしてリィンの肩に乗る。

 リィンはびっくりして、目を丸くしていた。可愛らしい男の子だ。にいさまといえど、リィンだってまだまだ子供だからね。すり、と頬に擦り寄る。

「ふふ。スライムってちょっと冷たいんだね」

 そう言って笑うリィンはまだちょっと泣いていたけれど、少しは元気が出たみたいだ。


 スライムとして生まれたわたしは現状、特にすることもしたいこともない。

 だからすぐに森に帰ることはしないで、もう少しだけ、この幼い兄妹の側にいてみようかな。

 小さな肩の上で庭園と星空を眺めながら、そう思った。


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