2・あるスライムと幼女の交流



 つぶらな瞳で見つめてくる小さな人間。ふわふわの金色の髪の後ろには大きなピンクのリボンが飾られている。何というか、つやつやしていて高そうだ。リボンの中心にごろっと石がついているけれど、これは宝石なのではないか。

 何故こんな森の中に一人きりでいるのかわからないが、身なりは良いし、良いところのお嬢さんにしか見えない。

 スライムに危険性はない、という知識は、何歳頃に教わるものなのだろうか。いや、何にせよこの小さな人間は警戒心が足りないのではないか。わたしがスライムではなく狼や猪のような動物や他の魔物だった場合、このように小さな人間ではろくな抵抗も出来ずに大怪我だろう。怪我では済まない可能性もある。

 そんなわたしの心配のようなものもつゆ知らず、小さな人間はキラキラとした目でつんつんとわたしをつつき続けている。何が楽しいのか、やたらとニコニコしている。

 痛くも痒くもないのだが、何となくぷるぷるぷる、と震えてみせる。

「わあ!うごいた!」

 驚いた声を上げる。でも逃げる様子はなさそうだ。

「キラキラしてて、あなた、きれいね」

 どうやらそれでじっと見ていたらしい。スライムの体は半透明だ。ここでは日向ぼっこをしていたから、日の光を存分に吸い込んでいる。それが良く見えたのだろう。

 小さな人間はやたらと楽しそうにきゃあきゃあと騒ぎながら笑い、そして腕いっぱい広げてぎゅっとわたしに抱きついてきた。

「ちょっとつめたーい!」

 警戒心のカケラもなく楽しげだ。元気で素直で純粋なのは良いことだと思うけれど、何でも食べられる雑食のスライムは一応人間を食べることも出来る。このくっついている部分から、こう、ジュワッと軽くいけてしまうのだ。時間は掛かるけれど。食べられる前に手は離すだろうが、火傷みたいにはなるだろう。


 ニンゲン食べようとしたらなんか集団で仕返しされるこわい。


 と、スライムの本能に刻み込まれているからやらないけれど。

 争いを避ける為に食事は無機物。大事だよね。

 それにわたしはこれでも前世人間だ。人付き合いには嫌になって疲れ果てたような記憶がうっすらあるけれど、こうした純粋な子供には何が何でも嫌だという拒否反応はない。可愛いし。

 大人しく小さな人間にぎゅっとされてはいるけれど、子供の体では今のわたしの体すべてまで腕は回らない。せいぜい半分、といったところだろうか。

 けれどスライムはとっても軽いので、そんな小さな体でも、ひょいと軽々持ち上げられる。体自体も半透明だから、一応持ち上げたまま前を見て歩けないこともない。ものすごく見えづらいだろうけれど。


「ねえスライムさん、ルーのおうちにくる?」

 問い掛けながらもしっかり捕獲しているのだから、小さな人間の中では連れて帰ることはもはや確定事項なのではないのか?と思わないでもない。

 あと、この小さな人間の名前はルーというらしい。


 少し考えてみたけれど、特にこの森でやりたいことがあるわけでもない。逃げ出してしまいたいほどこのルーという子が苦手な感じもしない。何故ただのスライムであるわたしが良いとこのお嬢さんっぽいルーに好かれたのかはわからないけれど、今のところ別に、どこへ行こうとも構わないかな。

 そう思い、ぷるぷると体を震わせて、ルーが持ちやすいサイズまで体を縮めてあげた。

 スライムの体の大きさはある程度、自在なのだ。そしてわたしは子供にやさしいスライムである。今決めた。

「ちいさくなった!じゃああなた、おうちにきてくれるのね。いいこだわ!」

 すっかり片手でも抱っこ出来るサイズになった為、ルーは左腕でわたしを抱えながら右手でよしよしとわたしの体を撫でた。悪い気はしない。

 重さは感じていなかったにせよ、持ち運びやすい大きさになったことで、ルーは大層ご機嫌になったように見える。


 人間だった頃は、もう人間に関わるのは御免だとものすごく思っていたような気がするけれど、スライムは言葉も話せないから人間との意思疎通は必要ない。人間といるのに飽きたら、どこか他のところへ行けばいい。


「あのね、ルーのおうちはね、ここをまっすぐいったとこなの」

 わたしを抱えながら歩きはじめたルーは、聞いてもいないのにわたしに話し掛けて教えてくる。わたしはまったく喋れないし、いちいちすべてに反応もしないので、時々ぷるぷると揺れるくらいしかしないのだが、何故かルーは楽しそうに色々な話を一人でする。

 わたしとしても特に返答を求められていない話なので、深く考えずに気楽に聞き流している。たまに相槌がわりにぷるぷるするとルーはとっても喜ぶので、それはちょっと楽しい。

 まだ幼い子供、ということもあるだろうが、ルーは良い人間のようだった。


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