あるスライムの一生

怪人X

1・あるスライムと幼女の出会い



 生まれ変わったら、人間にはなりたくない。でも犬や猫や鳥のような動物にもなりたくない。何もせず、何も考えず、ただぼんやりと生きていけるだけの存在がいい。アメーバのように。クラゲのように。出来れば生まれ変わることもなく、何もわからないまま消えてしまうことが出来たのなら、それに越したことはないけれど。


 わたしは人間だった頃、そう考えていた。

 ……と思う。


 というのも人間時代、恐らくそう強く願い続けただろう結果なのか、どうやら願いは叶えられていたらしく、わたしは無事単細胞生物のようなものに生まれ変わっていた。

 生まれ変わりたくない消えたいは駄目だったようだけれど、そのあたりもある程度加味されたのかそれとも元々そういうものなのかは不明だが、今のわたしに人間だった頃の記憶はほとんどない。どこに住んでいただとか、家族のことだとか、何なら名前や性別さえわからない。


 まあでも、そんなことはどうだっていいのだ。過去のことより今のこと。わたしは生まれ変わったのだから。


 最弱と言われる魔物の、スライムに。





 近くにあった湖の水面に姿を映してみると、恐らくその水面と同じような色合いの、プルプルとしたゼリーに似た質感の丸みを帯びた体が見える。顔というか、目も口も鼻も耳もなく、あるのは半透明の体と、その中心にある核だけ。

 スライムの本能なのか、この核が破壊されたら自分は死んでしまう、ということははっきりとわかる。とはいえこれもまたスライムの本能なのか、死ぬことに対して特に何も感じない。嫌だとも怖いとも思わない。

 素晴らしいことである。人間だった頃はそんな風に思えなかったと思うから。

 スライムは最弱で、すぐに倒されてしまうようないわゆるザコモンスターだ。ゆえに生存本能というものは軒並み欠けているのだろう。

 感情に振り回されない。恐怖もない。口もないから喋れないし面倒な人間関係……スライム関係?もない。最高じゃないか。

 これぞわたしが前世で望んだであろう、まったりライフだ。まあこうして色々と考えてはいるけれど、感情の部分があんまり、というかほぼ全然動かないので、楽でいいのだ。

 いつまでの命かはわからないが、スライム生を楽しみたい。とはいえ、特にすることもないのだけれど。そういうところがいいのだ。時間も気にせず、何も考えず、ぼんやり。とりあえずわたしは湖の側でまったりと日向ぼっこをすることにした。






 スライムに敵はいない。

 というのも、スライムは何でも食べる雑食派だ。何なら風を吸い込んでいるだけ、日差しを浴びているだけで生きていけるレベルのキングオブ雑食である。つまり、食事は基本的に必要ない。お腹も特に空かない。空腹に悩まされない生活。プライスレス。

 そんなわけで食べ物を探しに歩き回る必要もないし、他の生物と食糧事情で揉めることもない。そしてそんな食生活をしているスライム自体を捕食したところで、当たり前だが栄養や空腹を満たす要素は一つもなく、その為他の魔物や動物たちはスライムの存在などガン無視である。

 だからスライムの命を脅かすのは、人間くらいだ。

 倒したところで大した経験値にならなくても、それでもスライムを倒せば人間は僅かにだが強くなる。しかもスライム自体が全然攻撃をしてこない無害な生物だから、冒険者や騎士になりたい子供たちが練習に狩ったりするには最適なのだろう。口もないから悲鳴、というか断末魔に心を痛めることもないだろうし、血も出ないから初心者にはもってこいのザコだろう。

 とはいえ成長すればスライムを倒したところでうま味はないに等しいので、人間も見向きをしなくなる。

 なので自他ともに認める最弱のスライムではあるが、運が悪くなければまあまあ生き残れる。たぶん。それがどのくらいなのかはわからないけれど。


 わたしは気付いたら、どことも知れぬ森に存在していたスライムだ。

 生まれてからしばらくぼんやりしていた気がするし、なんならさっきもどのくらいかわからない昼寝をしていたから、いつ生まれたのかも今がいつなのかも不明だ。まあでも、どうでもいいことだろう。

 人間だった頃のように思考はするものの、スライムの本能に随分引っ張られている気がする。知っていることや覚えていることは人間時代とスライムの本能とがごちゃ混ぜになっている感はあるけれど。

 とりあえずもっと一日中良い感じに日の当たる場所に移動でもしよう。日の光は実に良い。ぽかぽかである。いつまででもまったり出来る。






 ぽよん、ぽよん、と。何が体に触れている感覚がする。

 スライムに痛覚はない。何かが触ってるなあーくらいの鈍い感覚だけれど、昼寝からは目が覚めた。いや、目はないが。気持ちの問題だよね。

 スライムは目はなくても、自分の周りのものは視認出来る。意識を向けてみると、小さな人間がわたしを指でつんつんとつついていた。

 本当に小さな人間だ。三、四歳くらいの子供だろう。小さな人間はたくさんのフリフリが付いた動きづらそうな服を着て、大きな青色の目でじっとわたしを見ている。

「スライムさんだー」

 おお、喋った。可愛らしい女の子だ。


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