第54話 "私はお兄の味方だから"



 「ねぇ、隼人ー」

 「ん?」

 「これ分かんないんだけど」

 「"これ"じゃ分かんねーよ。説明してくれよ」

 「物理の"光の干渉"が謎すぎる。と言うかそもそも、現代文の論述が頭に入ってこない。英文法と長文覚えるのダルい。数学分かんない。古文ダルい」

 「一気に言ってくんなよ!!」

 「説明しろって言ったじゃん」

 「一つ一つ、詳しく教えてくれってこと!!」

 「それじゃあ、現代文教えて」



 俺は柚葉に勉強を教えていた。

 テスト勉強だ。

 今は土曜日であり、明々後日の火曜日からテストが始まる。


 「まずここの傍線部は主人公のことに当てられていてこの段落の中から選べと言っている。だから、接続語を見つけて……」



 俺は教える。



 「あ、つまりこの"思った以上に〜"っての部分を抜き出せば言い訳か!!」

 「そう。それが選択肢にあるでしょ?」

 「おっけおっけ!!分かったよ!!ありがとう!!」

 「」



 なんだろう……教えるのは意外と楽しいもんなんだな……。



 「あ、そろそろ仕事の時間だ」

 「あ…………もう行くのか?」

 「そうだね………」

 「……………」



 テスト期間だろうと柚葉は忙しい。



 「それじゃあ気をつけてね」

 「気をつける!!それじゃあ勉強教えてくれてありがとうね!!」

 「お、おう」

 「それじぁあバイバイ!!」

 「」



 俺は柚葉を見送った。



 「……………」

 


 柚葉は凄いな……。どんなに忙しくても顔には出さないでその時はその時のことに集中できている……メリハリがつけられてるんだな……。凄ぇや。



 



ーーー





 「こんにちわー」

 「あ、柚葉ちゃん」



 私は自分の所属している事務所へと着いた。



 「テスト期間中大丈夫?」



 マネージャーさんの水野詩音みずのしおんさんが尋ねてくる。



 「大丈夫です!!何とか両立できています!!」

 


 私はそう答える。



 「柚葉ちゃんは頭が良いもんねー(笑)」



 近くにいた先輩モデルの梶谷和葉かじやかずはさんがそう笑ってくる。



 「いえ、私の得意科目は保健体育ですよ?」



 「「」」



 私がそう言ったことに2人が固まる。



 「?」

 「と、とにかく、そのことはあまり人前では言わないようにね?」

 


 詩音さんがぎこちなく笑いながらそう言った。





ーーー




 「……………」



 ガチャ。



 「お兄ただいまー」

 「ノックしろよ」



 夕方になり、妹のさくらが帰ってきた。因みに桜の高校もテスト週間だが部活はあった。桜は女バスだ。



 「別に良いじゃーん。もうお兄とは寝た関係なんだしさ」

 「悍ましいこと言わないでくれる?」



 ドスっ!



 「うげっ!!」

 「妹に悍ましいとか言うんじゃありません」

 


 俺は頭にボールを投げられた。



 「で、何だよ?」

 「もうすぐインターハイなんだけど?」

 「まだ先だろ」

 「いやいや。時間の流れは早いもんなんだよ隼人君?」

 「で、何だよ?」

 「今日も部活大変だったなーー?」

 「」

 「テスト勉強も大変だなーー!!」

 「」

 「赤点取れないなーー!!!」

 「………………」

 「なんか言うことない(笑)?」

 


 一息つき、



 「大変だな」



 俺は言った。



 「」

 「……………ん?」

 「…………バーーカ」



 バタン!!



 「え」




 桜はそう言いながら出て行った。




 「………ん?」




ーーー






 小柳桜こやなぎさくら



 彼女は呼び方から察してもらえると思うが兄が大好きな"お兄ちゃんっ子"だ。



 「」



 そして、自分の寝室でこう呟いた。



 「"頑張ってるな"って言ってほしかったのにな……」



 そう呟き、ドアに寄りかかりながら床にしゃがみ込む。



 「………………」



 桜は悩んでいた。






 "兄が不登校になったのは自分の責任もあるのではないか?"




 と。



 「」



 桜は昔からこの性格だ。明るく、純粋で優しい。"柚葉と一緒のタイプ"の性格をしていた。なので、隼人が"普通"でも全然気にせずに接していた。普通に兄が大好きだったからだ。幼稚園生、小学生、中学生、高校生と何も変わらずに接してきていた。





 だからだ。





 そのいつも通りに接していたのが隼人を不登校にさせてしまったのではないかと思ってしまっていた。



 「これが桜のお兄さん?何だか普通だね」

 


 高校で桜は友達に隼人の写真を見せた時にこう言われた。



 「え、普通って?」

 「なんか桜と真逆そうだなって。桜はアグレッシブだけどお兄さんは静かそうだなって」

 「」




 "普通"?




 え、私のお兄ちゃんは普通?



 "真逆"?




 「」



 考えたことがなかった。

 桜は隼人と接してる時に隼人のことを考えたことがなかった。普通に笑ってくれて、普通に話してくれて、普通に優しくしてくれた……………あ。




 "普通"。




 その時、桜は気づいてしまった。




 兄が何かに悩んだり、思い詰めたり、泣いたりしてる所……つまり、




 自分の前で苦しんでる所を見せたことがないことに。




 「あー……そっか……」

 



 そして、自分はただ兄の上辺しか見たことがなかったことに。




 「………………」




 そして、同時期に隼人は不登校になった。



 

 「」




 その日、桜は一睡もできなかった。




 「お兄は自分の内面を私に教えなかった。そして私は見ようとも気にしようともしなかった。ただ、明るくしていただけだった………」




 あれ?




 「じゃあ、あの笑いは全て仮初?本当は何も楽しいと思ってなかった?私は本当はどう思われていた?」








 ポタ。




 「あーー………私は自分勝手だったんだ」




 桜は人知れず涙を流していた。




 「」




 不登校になるほど自分の性格を思い詰めていた兄の裏を知ろうともしないで笑ってる上辺だけで判断してしまっていた。ただ、"笑ってるから良いんだ"。"私のことが好きなんだ"。そんな理由だけで兄を見ていた。そして隼人からは何も言われなかった……。




 「何だよそれ」






 その日から桜は何か変われることがないかと考えた。



 「柚葉ちゃんがこれから家に来るようになるから」

 「え?」




 そのすぐにだ。母の美月みづきからこう言われたのは。




 「……………」




 何でとは聞けなかった。でも……、






 「大柳柚葉おおやなぎゆずはさんとお付き合いすることになった」



 隼人からこう言われた時に理解した。


 "柚葉ちゃんは兄の全てを受け止めたんだ"…と。





 「」





 そして決意する。





 「私も変わってやる」




 兄の全てを受け止めなおして兄が変わる為に自分ができることをやる。そして……兄といつかこう話す。




 "今は笑えてる?"…"今は幸せ?"……、



 "私はお兄の味方だから"。



 こう……言えるようになってやる……と。

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