第45話 永久就職の契約

「ダミュアン様は愛を買いましたよね? 最上級の愛が欲しいと言って」

「そうだな」

「契約上、期限は貴方が飽きるまでだと聞きました」

「飽きる? それはいつ来るのかわからないが、今のところその予定はない」


不思議そうにダミュアンは首を傾げて、きっぱりと言い切った。

そして、リリィは理解した。

違約金にばかり気を取られていたことに。


デイベックに諮られたのだ。


これは永久就職の契約書だ。

期限は無期限で、つまりリリィは人生を売ったものと同じだ。


だから、ダミュアンはそんな金額でいいのかと尋ねたに違いない。

いや、彼が払った金額も相当だが。

デイベックが当初話していたように、半年か一年そこらで飽きるものじゃないというのは、しっかりと理解した。


「そんな言い方するから、誤解されるんじゃない」

「そもそも誤解の元はお前だろ」

「はい、ごめんなさい! 私がダミュアンを当て馬に利用したことは悪かったわよ。でも陛下を愛していたんだもの、好きな人には振り向いてほしいでしょ。それにすでに過去のことだし。私も悪かったとは思うけれど、でもでも、ダミュアンの口下手も問題だと思うの」


カプラシルとソジトが割って入ってきたけれど、リリィは大きく肺から息を吐きだすだけだ。


「ダミュアン様の初恋は王妃様ではないのですか」

「初恋と言われれば、俺は今、お前に恋している」


ダミュアンの大きな手が、背中からリリィの頬へ添えられる。

スターライトの輝きを宿した瞳はキラキラ眩しくて、リリィは思わず目を細めた。


「俺の瞳に見惚れているお前が好きだ。赤い顔を必死で隠しているところも可愛いくて好きだし、恥ずかしがってもきちんと契約を守ろうと恋人として振る舞ってくれるところも好きだぞ」

「わ、わかりました」


ダミュアンの口元を両手で塞いで、リリィは慌てて言い添えた。

勘違いしていたのは自分だ。

必死にダミュアンから隠そうとしていた諸々のことがばれているのも致命傷になった。

だから、これ以上はいたたまれないので、黙っていてほしい。


「ダミュアン様の想いはわかりました。ですから、一旦放してください」

「こうして無事なお前を感じていたい」

「……くっ」


勝てる気がしない。

なんだこの傲慢な男は。


助けを求めてソジトとカプラシルに縋るような視線を向ければ、全力で首を横に振られた。

どういう意味だ?


「人の言うことを聞くようなやつじゃない」

「そうそう。とくに今は恋に浮かれてるから、普段以上にやばい状態よ」


幼馴染みである二人にそこまで言われる状態とはどういうことだろうか。

困惑しているリリィの前で、ソジトの部下らしき騎士が仕事の完了を報告している。

それを聞き終えて、ソジトが宣言した。


「捕縛は終了だ。王妃様のお帰りだぞ」

「じゃあ、リリィまたね。可愛い弟分をよろしく」


カプラシルは軽やかに手を振って、ソジトと共に騎士を引き連れて部屋を出ていく。


床に伸びていたゲゼヤトは連行されて、アンシムも事情を聴かれるために騎士たちに連れていかれていた。


閑散とした部屋で、リリィはダミュアンを見上げた。


「帰りましょうか、ダミュアン様」

「一緒に馬車に乗って、屋敷に戻ってくれるのか」

「はい。だって、私はダミュアン様のお金で買われた恋人ですから」


そう答えれば、ダミュアンは蕩けるような微笑みを浮かべてリリィの手を優しく握った。

大きな手が、自分の小さな手をすっぽりと覆う。


「恋人なら手を繋ぐものなんだろう?」


リリィは赤くなって、すぐに答えることができなかった。

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