第46話 最高の愛
「騙しましたね?」
夕食の席でデイベックに問いかければ、彼はきょとんと瞬いた。
その態度が白々しいと気付かないものだろうか。
「ええと、どのことですか?」
「どのこと? そんなにたくさん騙したのですか」
「あ、いえ。すみません。口が滑りました。公爵様、助けてください」
「お前たちが何を言い合っているのかわからない」
ダミュアンは首を傾げている。
彼は本当にリリィを騙すつもりなどなかったのだ。
ただずっとリリィが勘違いをしていただけで。
だが、デイベックは確信犯だ。
「だから、私は尋ねましたよ。『麗しの公爵様に愛されたいなとか思いませんか』と」
「契約違反だと思っていたんですけど」
「そんなこと契約書のどこにも書いていませんよ。だから、抑えなくていいと言いませんでしたか?」
確かに契約書にはダミュアンから愛されたいと望まないことなどと書かれてはいなかった。契約の内容からリリィが勝手に思い込んだだけだ。だが、デイベックは気づいていたに違いない。だというのに彼から、そんなこと言われた記憶はない。
動じない彼は常に微笑を浮かべているだけだ。
この腹黒! と怒鳴りつけたい衝動を必死で抑える。
「契約期限だって騙しましたよね」
「公爵様が飽きるまでだと説明しましたよ」
「飽きやすいって言いませんでした?」
「確かに公爵様は興味が多岐に渡って、業務内容も移り気ですから、その点では飽きやすいといえなくもありません。拘りもない方ですしね。けれど、愛に関しては同じではないでしょう。なんせ貴女が初恋らしいですから。つまり、私はそんなことを言った覚えはありませんね」
水掛け論で逃げ切るつもりか。
リリィは盛大にため息を吐いた。
「せっかくの夕食ですよ、楽しく食べませんか?」
お前が言うのかと思ったが、リリィは目の前の食事に集中することにした。
料理に罪はない。
ダミュアンの屋敷の料理人は腕がよくて、とても美味しいのだ。
最近はリリィが特に好むような料理を追及してくれているせいか、完璧に胃袋を捕まれている気がする。
「この後は、お茶を一緒にしてくれるんだろう?」
ダミュアンがそわそわとリリィに問いかけた。
おうちデートを早速楽しみたいらしい。
もちろんリリィに拒否権などない。
「おや、仲がよろしくて何よりですね」
「デイベックさんは随分と楽しそうですね」
嫌みのつもりかと、リリィがつっけんどんに問えば、思いの外優しい声音が返ってきた。
「もちろん。公爵様がお幸せそうですから」
満足そうに笑うデイベックは、その言葉だけは真実だと思われた。
彼は彼で、ダミュアンの幸せを願っているのだろう。
「愛が欲しいと言っていた方に、最高の愛を知ってもらえたのですからね」
「最高の愛?」
そんなものリリィは提供したつもりはない。
「『慈愛の聖母』様の最上級の愛を一身に受けるのですから、それくらい上等なものでしょう」
本気で思っているのかと問うたところで、デイベックは素直には答えないだろう。
リリィはやはり、ため息をついてやり過ごすのだった。
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