閑話 傲慢公爵の恋8
カプラシルの茶会を辞した途端に、影に控えていた近衛に呼び止められた。
お次は兄に呼び出されたらしい。
今日は一体何の日だろうとうんざりしたが、仕方なくダミュアンは近衛の案内に従って兄の執務室へと向かう。
部屋に入れば、兄は書類を裁いていたが、ダミュアンがやってきた途端に、険しい表情で問いかけてくる。
「お前、私の妻に色目を使ったのか?」
「なんの話だ」
全く心当たりがなかったので、本気で困った。
そんなダミュアンに兄はひたすら猜疑心の目を向けてくる。
「お前が、昔にカプラシルに気はないと言ったことを信じていたのに。いつの間にあんな顔をして彼女を見つめるようになったんだ?」
「わざわざ呼び出した理由がそれか?」
大方、庭でカプラシルとお茶をしていたのを覗いていたのだろう。
相変わらず狭量な男である。
こんな男のどこがいいのか、ダミュアンにはさっぱりわからない。
だが、よく考えればこの前の夜会でダミュアンはリリィの元恋人に遭遇した。
もしかしてあの時の不快な気持ちを兄は自分に向けているのかと思えば、なんとなく同情心が湧く。
リリィがあの若造とはなんでもないと言ってくれたから、ダミュアンの不快な気持ちは軽くて済んだのだ。
それからもリリィはあの若造の話はしないし、調査期間中に近づいたことはないとデイベックにも確認がとれている。
つまり終わった話なのだ。
だがカプラシルは結婚した後もダミュアンに構って、こうして二人きりの茶会に呼び出したりもする。
兄が心配するのも仕方がないと、今なら素直に思えた。
ただあの若造が羨ましいという気持ちは今でもある。
幼いリリィの姿を知っていて、彼女の傍に長い間一緒にいたのだろう。
二人で共有している記憶が、羨ましいのだ。
だが、今は怒れる兄を宥めるほうが先決だ。
「待て、それは誤解だ。ただリリィの話をしていただけだ」
「リリィ? お前が買った恋人か」
「ああ。リリィが可愛いと話していただけだ」
ダミュアンは兄に向かって、堂々と宣言した。
リリィを思い出していたダミュアンの顔を見て、疑わしそうにしていた兄は瞠目した。
「お前、金で恋人を買ったんだろう?」
「欲しいものを買うのは当然だろう」
兄弟は向かい合って、お互いに不思議そうに首を傾げる。
こうして見ると、兄とは腹違いだが、どこか似通ったところもあるのだなと実感した。
同じスターライトの瞳とかだ。
「いや、普通は愛は金で買わないだろう。金で買うような愛は偽物だ」
「欲しいものを金で買うのに、愛は偽物なのか? きちんと契約を結んで相手にきちんと支払っているのに? 契約書には明記してあって、それを相手にも了承してもらっているのに?」
「お前は金で買ったものは本物だと思うのか?」
「当然だろう。だから、契約して対価を支払った。彼女はそれを了承したんだ」
兄は眉間に深い皺を刻んで、それを両の指で揉んだ。
それを見て、ダミュアンはふと相好を崩す。
「なぜ、今、笑うんだ」
「いや、眉間の皺をリリィは指で突いてくるんだ。その時の彼女の顔がやたらと可愛らしくて……それを思い出した」
「……ああ、なるほど? なんだかよくわからないが、少しだけわかったことがある。お前は彼女を愛しているんだな」
「当たり前だ。だから、彼女の愛を買ったんだ」
自信満々に答えたのに、兄はなぜか顔を両手で覆ってしまった。
「用が済んだなら、もう帰るが」
「ああ……いや、ちょっと待て。最近、王妃の命を狙っている連中がいるんだ。もし、お前が何か聞いていたら教えてほしい」
「なぜ、王妃を?」
兄が王に即位した時に、公爵令嬢であるカプラシルはほとんどの者たちに受け入れられていた。それから数年経って、すでに王子二人の跡継ぎまで生んだ王妃の地位は安泰である。
だというのに、今更彼女の命を狙う理由がわからなかった。
「以前から王妃が取り組んでいた未成年保護法案だ。未成年を雇った店や貴族を処罰するという法案なんだが、それに反対する貴族がいくつかあってな」
「なぜ、貴族が反対する?」
「安い労働力で色々と後ろ暗いことをやっているからだろう。王妃主導の法案だから、彼女がいなくなれば取り消されると考えているらしい」
「あれは隣国に傾倒している大臣が持ち込んだものだろう。確かに最初の提案は彼女かもしれないが、結局彼女がいなくなっても法案は可決される。そうでないと他国に蔑まれるのはわが国だ」
「外部のお前がわかるのに、議会に参加している連中には見えないんだ。そういう視野が狭いから短絡的な行動に走る。こちらも気をつけているんだが、お前の情報網もありがたいんだ」
「わかった、気を配って置く」
「ああ、宜しく頼む」
兄がようやくほっとしたように息を吐いた。
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