第40話 新たな出会い

アンシムは慣れたように、林に挟まれた小道を進む。

すると、奥の方に忽然と廃墟が現れた。

人が住まなくなって随分と経つのは見ただけでわかる。

家の壁一面に苔がはり付き、蔦が這う。割れた窓ガラスの奥から覗く部屋も荒れ果てている。家具らしい家具はないが、物が散乱しているのは見て取れた。


「こんなところで何をしているの?」

「見ればわかるよ」


アンシムは玄関らしき扉をくぐって、家の中へと迷いなく入っていく。

今にも崩れ落ちそうな風情の家屋にリリィはおっかなびっくり続く。


奥へ行けば、しっかりと鍵のかかった部屋の前で立ち止まる。

そうして懐から鍵を取り出して、扉を開いた。


ソファのようなものが置いてある場所に、女性が寝かされている。

どう見ても、犯罪現場である。

女性は豪奢なドレスを纏い、髪から靴の先まで高貴さが伝わるほどに洗練されていた。


「ふざっけんな、アンシム! これはどう考えても犯罪でしょうがっ」

「え、いや、違うよ。人助けだって……」

「そんなわけないでしょ!」


リリィはひどく慌てるアンシムの頬を握り拳を作って殴り飛ばしたのだった。


かつて、孤児院ではシスターが暴力を振るっていた。

暴力はよくない。

それはリリィもわかっている。

大抵の子どもたちは説教部屋でみっちりと説教すれば、反省してくれるし、改心もする。


だが、中には言うことをきかない子どももいるのだ。

そんな時には、リリィは実力行使を躊躇わなかった。とくにリリィが幼い時は、子どもたちの方が大きいこともあり、受け入れられることは少なかった。暴力はいけないと言いつつ、仕方なく鉄拳を磨いたものだ。

そのため、リリィの鉄拳制裁は磨かれ、かなりの技術を持っている。


派手に吹っ飛ぶわりには、痛みは少ない。

ただ、心を抉るような、雷に打たれたような心地がするとは、昔悪ガキの筆頭だったグイッジを手名付けて従えた時に言われた言葉だ。

ちなみに、その時のリリィは六歳で、グイッジは十歳であるにも関わらず、である。その後すぐに横暴な修道女を追い出している。


威力はお察しだろう。


「だって、可哀想な境遇のお姫様なんだって。夫に監視されて、逃げ場がないから助けてあげたいって……」


吹っ飛んだアンシムは床に座り込みながら、頬を押さえつつもごもごと答えた。

だが怒れるリリィの勢いは止まらない。


「なんで、そんなことにアンシムが関わるのっ」

「屋敷の警備が厳重で、鍵を開ける必要があるって……」

「あんたは金物細工師でしょうが! いつの間に、鍵開けなんてできるようになったっていうのよ?」

「僕、器用だから、さ?」

「自慢になるか――――っつ!!」


リリィはもう一発アンシムに鉄拳をお見舞いしたのだった。


「す、凄いわね……」


再度、吹っ飛んだアンシムに注目していたリリィは横から聞こえた声にぎょっとした。


いつの間にか女が起き上がって、こちらを驚いたように見つめている。

とんでもなく綺麗な人であることはわかる。だが、それよりも彼女は貴族だ。

アンシムも姫と言うくらいなのだから、高貴な身分だろう。

だが、彼女の表情からは嫌悪などの悪感情が見つからない。

怖がって怯えている様子もなく、ただ状況に驚いているだけだ。


リリィはできるだけ冷静にと言い聞かせながら、声をかけた。


「すみません、何かの手違いでこちらにお連れしてしまったようです。すぐにお帰しいたしますので」

「ええと、貴女は修道女なのかしら……?」

「リリィ、勝手なことをしたらゲゼヤトに怒られるよ」


女がリリィの格好から修道女だと思ったようだ。

その困惑したような顔を見つめていると、後ろからアンシムが弱々しく声をかけてくる。


「アンシム、いい加減にしなさい。お貴族様の誘拐だなんて、どう考えても死刑よ。ゲゼヤトに怒られるくらいで済むわけがないでしょうっ」

「リリィ……あの噂の『慈愛の聖母』様?」


女はリリィの噂を知っていたらしい。

貴族には流行っているらしいので、知られているのは仕方がない。


だが、女はリリィを知るとざっと顔を青ざめさせたのだ。


「なんてこと。ダミュアンのお姫様じゃないの……」

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