第39話 隠し事

リリィはやはり気になって、昨日アンシムを見かけた王都の外れにやってきていた。

あまり治安のいい場所ではないものの、誰かを連れてきたらアンシムは逃げ出すかもしれないと考え、結局リリィ一人でやってきてしまった。


二日も職業斡旋所に顔を出さなかったのは初めてのことだ。

けれど、諸悪の根元のアンシムを放っておくことはできなかった。


実は元孤児院出身者に頼んで、彼を探してもらってもいたのだ。そちらからは芳しい情報はなかったというのに、こうしてリリィがあっさり見つけてしまったことも違和感がある。


とにかく、嫌な予感がするのだ。

ざわつく胸を抑えて、辺りを見回せば林の中の小道を辿るアンシムの姿を見つけた。


「アンシム!」


思わず呼び掛ければ、彼は大袈裟に肩を震わせて立ち止まった。

孤児院を出て働き出してからの姿を知っているだけに、随分と疲れているように見えた。


リリィの声に、逃げようかどうしようか判断しかねているような素振りを見て、なるべく優しげに声をかけた。


「アンシム、久し振りね。こんなところで会うなんて奇遇だわ」

「リリィ? なんでこの時間に、こんなところに……仕事の途中とかなら、僕に声をかけちゃダメだよ」


気弱なアンシムらしい忠告に、そういうところは変わらないと胸を撫で下ろす。

口下手で臆病者。それがアンシムに抱いていたリリィの正直な印象だ。


「もちろん、仕事の途中でも昔馴染みを見つけたら声をかけたくなるでしょ。アンシムこそ、こんなところでどうしたの?」

「ぼ、僕は……僕も仕事の最中で……」

「金物屋で細工の仕事をしていたわよね。こんなところまで、お使いか何か?」

「そうなんだ。この先に届け物があって……」


アンシムが強ばっていた顔を綻ばせて大きく頷いた。


「そうなの。でも、それはおかしいわね。金物屋は先月辞めたって聞いたわ。賭け事に嵌まって多額の借金までして孤児院は危うく差し押さえされるところだったのよ?」


リリィが冷静に突っ込めば、アンシムが酷く慌てたように叫んだ。


「え、なんでっ。借金は今の仕事を手伝えば無しにしてくれるって言われたのに!?」

「借金は私がなんとか返したわ。アンシムは賭け事になんか手を出さなかったのに、こんなことになっているし。もしかして騙されているんじゃない? 今、一体何の仕事をしているの」

「そ、それは……誰にも言わないって約束させられていて……」

「誰に?」

「…………」

「アンシムっ!さぁ、白状なさい」


リリィが目をつり上げれば、彼はひっとのけ反った。昔から悪さをすれば孤児院の反省室へと連行され、説教が始まるのだ。

もちろん、説教を行っていたのはリリィである。


年上といえども、容赦することのなかったリリィに、孤児院出身者は心の底から怯えるばかりだった。


「ゲゼヤト……」

「ゲゼヤトですって!? まだつるんでいたの」


ゲゼヤトはリリィの十ほど上の孤児院出身者である。

ちょうどリリィが孤児院の監督官であった女を追い出した時に、孤児院を出ている。

つまり、女が好き勝手していた頃の被害者なのだ。

孤児院にいた時も女からの折檻を受ける度に、下の子どもたちを殴って憂さを晴らしていたような男だった。そんな彼が孤児院を出ても真っ当に働くはずもなく、職を転々としてはあちこちでトラブルを起こしていると聞いている。


そのゲゼヤトの子分のような存在がアンシムだった。

彼が孤児院を出てもアンシムはまだ孤児院にいたので、てっきり縁が切れたと思っていたのだが。


「金物屋で働いていたときにたまたま再会して、そのまま賭け事に連れて行かれたんだ。そこからはあっという間に借金がかさんで……当たれば簡単に返済できるって言われたんだよ。でも全然ダメで……そしたら、今の仕事を手伝えば借金を無かったことにしてやるって言われて……」


あんなに高額な借金をゲゼヤトが返せるわけがない。

どう考えてもアンシムに何かを手伝わせたかったのだろう。

そのために借金をでっちあげた可能性もある。現にこうして借金を返したというのに、アンシムはリリィが借金を返済したことを知らなかったのだから。

まるでアンシム自身が返済したかのように考えていた。


「怪しいわね。それで、今は何をやっているの?」

「…………」

「アンシム、黙っていたところで、いつかはばれるのはわかっているわよね」


孤児院の子どもたちの隠し事を暴くのは、リリィの得意とするところだ。

嫌いな野菜を隣の子を押し付けたとか、廊下を水浸しにしたのは誰かといったささいなことばかりで、今回のような大ごとは初めてではあるが。


魂に刻み込まれているのか、アンシムは項垂れて渋々リリィに答えた。


「わかってる、リリィに隠し事はできない。今から行くからついてきて。きっと女性がいたほうがいいと思う」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る