第38話 遭遇

結局、半日だけ仕事を探すわけにはいかず、孤児院の雑用を引き受けることにした。

昼を過ぎたあたりで、ダミュアンが迎えに来た。


昨日、告げたとおりに孤児院の前に公爵家の豪奢な馬車が停まったので、リリィは慌てて乗り込む。

もちろん、ダミュアンがしっかりとエスコートして乗せてくれた。

服装は何でもいいと言われたので、リリィはいつもの修道女の格好である。

だというのに、ダミュアンは一度もリリィの格好に言及したことがない。どうでもいいと言いたげではあるが、リリィが綺麗な格好をすれば褒めてくれるので、全くの無頓着というわけでもないのだ。あるがままを受け入れてもらっているようで、くすぐったい気持ちになる。


デジーアとこっそり比べてしまったことは内緒である。


ダミュアンが連れて行ってくれたのは、王都の外れにある小高い丘の上だ。

丘には、花々が可憐に咲き誇って広がっている。

物心ついた頃から孤児院とその周辺くらいしか出かけたことがないので、王都の外にこんな場所があるなんて知らなかった。


「とても綺麗なところですね」

「デイベックのお薦めだ。あいつのお薦めなんて、ちょっと気に入らなかったが、お前のそんな顔を見られたから、満足だ」


それは、どんな顔だろう。

リリィは、ふと自分の顔を触って確かめてしまう。


「どうして誘ってくださったのですか」

「恋人はデートをするものだろう。それにお前との思い出が欲しかった。この前の庭園も楽しかったから」


恋人との思い出?

金で買った恋人との思い出を作ろうとデートまでする変わり者など、ダミュアンくらいだろう。


リリィは可笑しくなってくすりと笑んだ。

そうか、あの庭園も楽しかったのか。

そう思うと、ますます笑みが深まる。


「こうして積み重ねていけば、俺があの若造に勝つ日も来るだろう」

「思い出の量を?」

「そうだ」


したり顔で頷いたダミュアンは、妙に自信に溢れている。

孤児院の子どもが褒められたくて、得意げに自慢してくるように。


ちょっと可愛いと言ったら、ダミュアンは怒るだろうか。


リリィは微笑ましくなった。

夜会の日、中庭でのダミュアンは心底不機嫌そうだったのに。そんなことを考えていたのかと分かれば、随分と――?


リリィは慌てて思考を止めて、口を動かした。


「嫉妬させられたと不機嫌そうでしたが」

「よく考えたら、お前の愛を買ったのは俺で、契約は無期限だろう。俺の方が圧倒的に有利だと気づいた」

「そうですね。公爵様のおっしゃるとおりです」


無期限と言われたが、確かダミュアンが飽きるまでだと聞いた。

それは無期限とは言わないのでは。


だがリリィが頷けば、彼も満足そうに首を動かした。

しばらく二人で並んで花畑を眺めて他愛のない話をする。

ダミュアンは仕事のこと、外国のこと、デイベックのこと。

リリィも日銭を稼ぐ仕事のこと、孤児院の子どもたちのこと、旬のとれたて食材のこと。


住む世界の違う二人で、価値観も違うというのに、それはひどく穏やかで。リリィが驚くくらいに楽しい時間になったのだ。


「デートというのはいいものだな」

「こんなに仕事をさぼってしまったのは初めてなので、しばらくはおうちデートでお願いします」

「おうちデート?」

「同じ部屋でお茶を飲んでまったり一日のことを話すらしいですよ?」


確か、セイガルドが恋人と家で二人きりで過ごすのも楽しいのだと語っていたはずだ。それなら、夕食の後でもお茶を飲みながらできるデートだ。

日中に仕事を休むことなく日銭を稼ぐこともできるので、リリィにはありがたい。


「なるほど、それもデートか」

「はい」


聞きかじりだけれど、リリィは素直に頷いた。

そうして帰りの馬車の中から景色を楽しんでいたリリィは、通りを歩くアンシムを見かけたのだった。

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