閑話 傲慢公爵の恋1

王城の庭園に設けられたテーブルで午後の茶会が開催された。

茶会を開くから顔を出せと招待状が届いたのは昨日のことだ。

外国から帰ってきたばかりで、仕事は山積みの忙しい時期ではあるものの、ダミュアンに拒否権はない。仕方なく、こうしてやってきたわけだがやはり帰りたいと早々に思う。


「え、お前、それは本気なの?」


ソジトが思わず声をあげたので、ダミュアンも黙る。

本気かと言われると、その通りだったので頷くだけである。


そうすると、ソジトは絶句した。


長い付き合いのある幼馴染みで、信頼している相手である。

ダミュアンにしては珍しく金の絡まない信頼を寄せられる相手でもあった。


「ほら、驚くでしょう。もっと言ってやってちょうだい」


同じテーブルについていた女性が優雅にお茶の入ったカップを受け皿に戻して短く息を吐いた。

時間に遅れてやってきたソジトは、ダミュアンが彼女に話した内容を聞いて目を剥いたところだ。

そして冒頭の話につながる。


「ようやく外国から戻ってきたから、こうして呼び出してみれば……貴方も素敵な恋人ができたんじゃないなんて聞いただけよ。軽い世間話みたいなものじゃない。なんで、そんなことになっちゃったの?」


彼女は現在、国では一番の貴婦人である。だと言うのに、ざっくばらんな性格で、一言で言うなら辛辣だ。


ダミュアンはひたすらに黙るしかない。

数多の商談を成功させてきたダミュアンであるが、昔から口で勝てない相手というのはいるものである。


「まぁ、なんか考えがあるんだよな?」

「いや、これから調査するつもりだ」

「調査とか言っちゃうし……そんなので本当に見つかるわけ?」


ソジトがなんとかフォローに回ってくれたが、ダミュアンの回答は彼女の機嫌を損ねたらしい。

カプラシルはくっきりと眉間に皺を刻んで、ねめつけてくる。


「せっかく私が貴方の初恋物語を演出してあげたから、余計な女を寄せ付けなかったのに。なんでそんな方向に行っちゃうのよ」

「いや、あれはお前も悪い」


答えないダミュアンの代わりに、ソジトが苦い声で吐き捨てた。

ちなみに幼馴染みの三人なので、このお茶会では敬意を払う必要はなく、きっちりと人払いをしている。

妻を溺愛していて嫉妬深い兄はどこかで見張っているかもしれないが、表立って注意を受けることはないだろう。


ダミュアンが彼女に心を寄せていないことを力説しているし、何より今回は愛を買いたい相手ができたのだから。


この場での気安い態度も言葉も問題はない。


「なにが?」

「失恋を癒してあげるって肉食系の貴婦人どもがわんさかダミュアンに群がった。すぐに外国に行って一財産築いた後の夜会だったから、それはもう凄まじいものだった。おかげでダミュアンは女嫌いになった。そしてまた外国に逃げた。なんでか、再度一財産築いて戻ってきたが」

「あら、そうなの……私その頃懐妊していたから、その伝説の夜会には出ていないのよね」

「……伝説の夜会?」


ダミュアンはなんだか頭の痛くなるような単語を聞いた。

実際に、あの時の夜会を思い出すと頭痛だけでなく気分が悪くなるし、眩暈もする。


「お前の計画はいつも詰めが甘い。それで、大ごとになるんだ。そろそろ自覚しろ」

「あら、城では王妃様のご提案は素晴らしいと言われているわよ?」

「その提案が実際に可決されて施行されたところまで行ってから言え」

「だって。少し甘いところがあるのでこちらで練り直しますねって言われるもの。提案は私なのだから、いいじゃない」

「それ絶対原型留めてない。むしろ使われていない」

「なんですって!?」


ソジトとカプラシルが言い合いをしているのを無言で見つめる。

ダミュアンの計画の話はひとまず終了ということでいいだろうか。


「まあ、いいわ。それで貴方のことだから、目星はついているのでしょう?」


やはり終わっていなかった。

最初の話に戻ったので、ダミュアンは首肯する。


「へえ、どんな娘なの?」

「慈悲深い。献身的で自己犠牲に富んでいて万人に慈愛の眼差しを向ける博愛主義者。聖母のような存在だ」

「いや、それ絶対、騙されてるわよ!?」


目を白黒させて驚いている彼女の横で、ソジトがそうでもないんだ、と口を挟む。


「彼女なら、実際にいるんだよ。ほら、お前も噂で聞いているだろう、『慈愛の聖母』様だよ。あの噂の娘に目をつけたのか?」


目をつけたと言われれば、素直に頷くしかない。

噂を拾ってきたのは秘書だが、ダミュアンが提示した条件に合致したのは確かなのだ。


「ああ、あのウラウス伯が裏で支援している孤児院の……『救済の乙女』の再来とか言われている娘かあ。で、実際のところはどうなの」

「調査する」

「いや、でも若くない? ダミュアンいくつになったんだっけ。年の差があるんじゃないの」

「22だ。彼女は15」

「若い! 成人前じゃないの。犯罪は駄目よ」


王国法で未成年への手出しは禁止されている。

だから未成年は正規の職業につくことができず、日雇いのような労働ばかりさせられているのが現状ではあるものの、建前では保護されているのだ。


「一年調査して、条件を満たせば向こうの言い値で買うつもりだ。その時は彼女も、16だ。なんの問題もない」

「いや、そんな商談みたいな……」

「立派な商談だ」

「恋人でしょ? 好きな人のことよ? どこにも商談の要素ないから。本当になんで、そんなことになっちゃったの?」

「だから、お前の計画のせいだって。かなりあの夜会は酷かったんだぞ」


憐れんだようなカプラシルの視線を受けて、ソジトが苦々しく告げる。


「えっと、それは私が悪いの……?」

「だから、さっきから反省しろって言ってるだろうが!」

「だってそんなことになっているなんて知らなかったし! なんかダミュアンにもいい相手が見つかればと思ったんだもの」

「だから、お前は詰めが甘いって言ってんだ」

「ええー、ごめんなさい!」

「別にいい。気にしていない」

「どうせ愛を買うからいいとか考えているんだろう。全く一つもよくないからな。とにかく、俺は反対だから!」

「私もあんまり噂を鵜呑みにしない方がいいと思うわ」

「だから調査するんだろう」

「「……」」


顔を見合わせて黙り込んだ二人に、ダミュアンは満足した。

この年上の幼馴染みたちは昔から過保護だ。

ダミュアンは立派に成人して権力も富も十分得ている大人なのである。人生経験もそれなりに積んでいる。何を心配することがあるのか。


もちろん、二人が心配しているのはダミュアンが純粋だからである。

傲慢な考え方や物言いはあるものの、彼はとても素直なのである。

だからこそ、『この世の中で一番の最上級の愛を買う』と言い出した本気度も十分に理解していたのだ。

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