閑話 傲慢公爵の恋2
「いやはや、凄い経歴ですね……」
ダミュアンの秘書であるデイベックが、感嘆の息を吐いた。
書類の束を眺めて、最初の一言である。
「こんな技能を身に着けて……それで、これ、なんの調査でしたっけ?」
「俺が愛を買う予定の相手の調査報告書だ」
「ですよね、恋人候補ですよね。これ、どう考えても面接のときに使う書類ですよ。ずらっとこれまでやってきた職業の一覧が書かれていて。どこに恋人の甘い雰囲気あります? まだ浮気調査のほうが、愛に溢れてますよ!」
デイベックが頭を抱えて呻いている。
だが、ダミュアンは書類の一枚に書かれていた彼女の一日の行動書だけで満足だった。
「朝早くから孤児院の子どもたちの面倒を見て、日中は働きに出て、買い物を済ませて孤児院に帰宅後も夕食づくり。終われば報告書の作成と帳簿つけ。これで献身的じゃないと言わせるつもりか?」
彼女は朝から晩まで働き詰めだ。
それも孤児院の子どもたちにすべて還元していて、一切彼女自身が使っていない。それは彼女の身なりを見れば明らかだ。
古びた修道女の服以外の彼女の姿を見たという人は、どこにもいないのだから。
「確かに噂以上に献身的で博愛者ですね。まさに『慈愛の聖母』様です。子どもたちへの深い愛情が伝わってきますよ。ただ、ちょいちょい出てくるこのウラウス伯爵との関係はなんですかね?」
「孤児院の出資者の一人と書かれているが」
「その割には頻繁に名前があがってきますが」
「孤児院の面倒をみているんじゃないのか。そんな相手が一人くらいいないと、彼女が倒れるぞ」
「そうですね。明らかに働きすぎです。わが国でこの労働時間だと処罰されるレベルですよ。この国が寛容でよかったですね」
「それは嫌味か」
「私は未成年を働かせることに反対ですから。彼女は少なくとも未成年であるうちから、これだけの仕事量をこなしてきた。はっきり言って異常ですよ。周囲の大人たちは何をしていたのかと問い詰めたくなる」
デイベックは外国で仕事をしていた時に出会った男だ。
意気投合して秘書という立場についてからは、ずっとダミュアンを気遣ってくれた。
ダミュアンが未成年だったことも大きい。
彼は保護するつもりだったのだろうが、一番初めにてがけた事業が大当たりして、あっという間に財を築いてしまって、今では財産管理人のような立場にもなっている。もちろん、秘書も続けてもらっているが。
「しかし、この経歴を見るとただの庶民ではありませんね。ウラウス伯爵家で相当な教育を受けているようですし。孤児院の子どもたちに読み書きだけでなく算術まで教えているのは彼女でしょう。多分、単純な『慈愛の聖母』様ではありませんね」
「彼女は愛を買わせてくれないだろうか……」
デイベックの言葉に、ダミュアンは少し不安になった。
「かなり頭のいい方のようですし、今の生活に悲愴感がないですからね。長期戦見越して接触してみてはいかがでしょうか。公爵様の経歴があれば、同情くらいは買えるのではありませんか。なんせ孤児院の子どもたちに張れるくらいは、不幸自慢できるじゃないですか」
「不幸自慢……?」
そんなことをするつもりはないが、彼女の元で過ごす孤児院の生活は絶対に幸せだろうと思われた。
羨ましい。
だからこそ、絶対に手に入れたい。
彼女の愛を買わせてほしい。
まだ出会わぬ少女に、すっかりダミュアンは恋焦がれるのだった。
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