閑話 傲慢公爵の恋3
ダミュアンが最上級の愛が欲しいと考えたのは、カプラシルのせいだ。
彼女は、ずっとダミュアンの兄に恋焦がれていた。
はっきり言って、相当に趣味が悪い。
ソジトと二人で何度も諫めたものだ。
それでも、彼女は止まらなかった。
恋に障害はつきものだとか嘯いて、悲劇のヒロインよろしく恋に酔っていた。
カプラシルがダミュアンの傍に来たのも、兄のせいだ。
兄が嫉妬を向けている相手を見てみたかったとかいうふざけた理由である。その時のダミュアンは兄がなぜ自分に嫉妬しているのか知らなかった。すべてを持っているのは兄であるのに、何も持たない弟の何が気に入らないのだろうと不思議に思っていたのだ。弟の容姿やそつなくなんでもこなす天才肌気質を妬まれているなど、夢にも思わなかった。
そのうえ、ダミュアンに構うカプラシルを見て、さらなる嫉妬に駆られる兄の姿を見て、彼女はダミュアンの傍から決して離れなかった。
迷惑以外の何ものでもない。
恋は駄目だ、と幼いダミュアンは理解した。
二人だけで完結しているのに、勝手に周囲を巻き込んで複雑化してしまう。それは恋をした二人が、とにかく周りのことなど見えていなくて、自分たちの世界に酔っているからだ。
兄の嫉妬は物理的に危険である。
時には暗殺者まで寄越してくるのだ。
それをカプラシルの家の者が守ってくれるので、ますます誤解される。
ソジトに頼んで、彼にもたくさん助けてもらっていたが、なぜか兄の嫉妬は納まることがない。
辟易して何度も王城から出奔しようと考えた。
だが、まだ成人していないダミュアンに力はない。父は母を知らないダミュアンをことさらに手元に置きたがった。そのため、窮屈な王城で、過ごすしかなかった。
ようやく自由になれたのは、父王が死んだ十三の時だ。
突然病に倒れ、還らぬ人となった父王の代わりに兄が即位した。彼はその権力でもって、カプラシル・エイレンベール公爵令嬢を妃にしてしまった。
一方的で、強引な方法だ。
周囲の反発はそれなりにあったが、それはダミュアンを応援していた貴族たちだけで、兄の陣営の方はとても喜んだ。
そして、中でも一番喜んだのはカプラシル張本人である。
長年の想い人に熱烈に嫉妬してもらいながら、激しい告白を受けたらしい。
ダミュアンは勝手にしろとしか思わなかったが、とばっちりの被害を一番被っていたソジトの怒りは凄まじかった。
カプラシルは十六歳になっていて、兄の正式な妃になることになんの問題もなかった。
障害はダミュアンだけである。
それもカプラシルが勝手に定めただけで、ダミュアンの気持ちとしては幼馴染みが落ち着いたのならよかったとしか思わなかったが。
そうして、兄はカプラシルを手に入れたことで弟への長年の鬱積した感情は晴れたらしい。どうしたいかと聞かれたので、王位継承権の放棄を願い出た。ついでに外国で働きたいと伝える。
一応、跡継ぎがいないのは問題であるとして王位継承権は放棄できなかったが、なんの意味もない公爵の肩書きだけもらって、国を出奔した。
自由な外国暮らしは刺激になった。
商売は楽しく、この頃に出会ったデイベックと二人でどんどん資産を増やしていった。
そうして、忘れた頃に一度顔を見せにこないかと兄から連絡が来た。
今思えば、カプラシルが妊娠したから、惚気たかったのだろう。
兄は自分の幸福を見せびらかしたかったのかもしれない。
軽い気持ちで戻って参加した夜会で、ダミュアンは地獄を見た。
恋は本当に厄介だ。
二人で完結している恋はまだましだ。一方的な恋は本当に手に負えない。
いや、あれは本当に恋なのか?
ぎらぎらとした肉食獣たちが、憐れな獲物に狙いを定めるかのように群がってくる。互いにけん制しあって、そのうえ熱いくらいの熱量を押し付けてくる。
息も苦しいほどに、会場が渦を巻いて浮ついていた。
誰もダミュアンの言葉など聞いていなかった。
誰もダミュアンなど見ていなかった。
ただ王妃に淡い初恋を抱いた幼い王弟が失恋の衝撃が癒えないまま、傷心を抱えて戻ってきたのだと、幻想を押し付けられただけだ。
どこにそんな男がいるのか。
全身全霊で叫びたくなった。
刮目しろっと言ってやりたい。
だが、そんな声ですら誰一人聞いていないのだから。
ソジトがなんとか体を張って逃がしてくれなければ、ダミュアンは二度と人前には立てなかっただろう。
そのまま外国に逃げた。
その日から恋には、絶望した。
むしろ、恐怖しか感じなかった。
だから、愛が欲しくなった。
デイベックが昔から、愛はいいものだと教えてくれたからだ。
肉親の愛情は知らないが、ソジトの友愛には感謝している。
だから、ダミュアンは愛なら信じられる気がした。
そうして、自分に相応しい愛はなんだろうと考え始めた。
そして、結論に達したのだ。
この国一と呼ばれるほどの金を手に入れたダミュアンであれば、きっとこの世の中と言わずともこの国一ほどの最上級の愛を買うことができるのではないか、と。
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