閑話 傲慢公爵の恋4
そうして、初めて見た少女は可憐だった。
草臥れた修道女の格好など、少しも気にならなかった。
柔らかそうなふわふわとした髪は触りたくなるし、愛に溢れたような桃色の瞳は優しげでいつまでも見つめていたくなる。
ひどく浮ついた気持ちで話しだせば、デイベックに遮られる。
むっとしたが、無事にリリィと愛の売買契約を交わすことができた。
これで、ダミュアンは最上級の愛を手に入れることができたのだ。
とても満足した。
高額の商談が成功したような達成感に満ちていた。
そうして、幸福に包まれて眠りについた。
いつもの浅い眠りになんとかしがみつく。
眠ることは嫌いだ。だが起きることはもっと嫌いだ。不快感しかない。
だというのに、その声はすんなりと耳に届いた。
「おはようございます、ダミュアン様」
起床を促す声音に、ダミュアンは顔を顰めてしまう。
朝は不機嫌な主人を使用人たちは知っている。だというのに、こうして声を掛けられる理由がわからなかった。何かの緊急事態だろうか。でも、かけられた声はとても優しくて思わず聞き入ってしまう。
呻くように、なんだと言葉を絞り出した。
実際に声が出ていたどうかは定かではない。
相手の返答を待っていると、不意に髪に口づけられた感触がした。
驚いた。自分の髪にそんなふうに口を寄せてくれた者など人生で一人もいない。
そのまま、優しい声は囁いた。
「愛しい貴方はお寝坊さんなんですね。とても可愛いですから、このまま寝かせてあげます。おやすみなさい、ダミュアン様」
無理やり起こされない。お寝坊さんは可愛いと言われた。
ではなぜ起こしたのかと疑問を持つ前に、おやすみと告げられた優しさになぜか心が震えた。
恋にはない、優しさがある。
愛って素晴らしい。
なんだか温かいものに満たされた気持ちになりながら、ダミュアンは続きを待った。
だというのに、彼女が離れる気配がした。
ダミュアンは慌てて、飛び起きた。
捕まえなければ、なんだかせっかく手に入れたものを失ってしまうかのような錯覚に陥ったのだ。
だが、飛び起きても、そこには誰の姿もなかった。
まさか、夢でも見たのか。
あの一瞬で、部屋の外に出られるものなのか。
半信半疑のまま、体は寝台から降りて、部屋の扉を開けた。
なぜか驚いた表情をした執事が立っていた。
やはり、夢だったのだろうか。
「か、彼女は……?」
「リリィ様ですか? でしたら、先ほどお仕事に向かわれました。お戻りになるのは夜になるとのことでしたが」
「本当に、いたのか?」
思わず確認すれば、彼は戸惑いつつもしっかりと頷いてくれた。
「は? はい、いらっしゃいましたよ」
「……そうか。夢じゃなかったのか……」
思わずそうつぶやけば、執事はまじまじとダミュアンを見つめてくる。
これまで、それほどあからさまな視線を向けられたことはなかった。
だが、ダミュアンは咎めることはできなかった。
今、口を開けばなんだか無様なことになることは理解できたからだ。
顔を赤くしながら所在なさげに立つダミュアンは、そうして途方に暮れるのだった。
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