閑話 傲慢公爵の恋5
折角リリィと初めて夕食を共にできると楽しみに仕事を片付けて帰ってきたのに、やってきたのはソジトだった。
仕方なく、早目の夕食になる。約束はなかったが、ソジトの頭の中には無碍にされるという概念がない。というか、ダミュアンがいなくても勝手に夕食を食べて帰っていくほどの傍若無人ぶりであるので。
夕食を食べていれば、ソジトが不思議そうに問うてきた。
「なんで、そんなに不機嫌なんだよ」
「別に」
「お前、結局、この前言っていた愛は買えたのか?」
仕事が忙しい騎士団長がわざわざ足を運んでまで聞くことだろうか。
それだけ心配をかけているということかもしれない。
ダミュアンは正直に答えた。
「昨日買った」
「昨日!? なんだよ、報告しろ」
「なぜだ?」
「そりゃ気になるだろ。あいつも気にしてたぞ」
カプラシルは自分のせいで、ダミュアンが恋人を金で買ったと責任を感じているのだろう。反省などしなくてもいい。
恋が怖いと知れたのだ。それだけで、ダミュアンは満足である。
「気にするな、と伝えてくれ」
「いや、実際見てみないとなんとも言えないんだが……」
食事をしながら、ソジトが唸る。
器用なものだと感心していれば、執事がダミュアンにリリィの帰宅を知らせてくれた。
彼女も夕食にしてほしいと伝える。
それを聞きつけたソジトの反応は見物だった。
「なんだよ、いるのか!?」
「ああ。恋人は一緒に暮らすものだろう」
「それはどこの国の話だ。少なくとも我が国では聞かないぞ」
「そうなのか?」
デイベックがそうだと言っていたので、深く考えずに一緒に住むことにしてしまった。普通はありえないのだなと学ぶ。
きっとデイベックは外国人だから、この国の習慣を知らなかったのだろう。
別に一緒に住むことに不都合はない。
それに、朝になれば彼女が起こしてくれるかもしれないのだ。それは心が躍る。
想像して、愉快な気分になっていると、ソジトがじとりとした視線を寄越した。
「なに、よからぬこと考えてるんだ?」
「よからぬことなんて考えてない。ただ……朝も起こしにきてくれるんだ」
「はあ?」
「恋人と一緒に住んでいるなら当然なのだろう。それに――いや、なんでもない」
「言いかけてやめるなよ。起こしにきてくれるってだけでも驚いた。お前の寝汚さを知っている身としてはなあ……それ以上の話か? かなり気になるだろう」
「秘密なんだ」
「いや、可愛い言い方されても……いい年した男の秘密とか別に暴きたくないけどよ。あいつには見てこいって言われてるんだよな」
「見てこい?」
その言葉に嫌な予感を覚えれば、ソジトはおもむろに立ち上がってちょっと席を外すと言い出す。
そのまま部屋を出ていくから、嫌な予感がする。
執事に後をつけさせれば、やはり普段は使われていない部屋の方へと向かっていくという。
なぜ彼女がそこにいるとわかったのかは謎だ。
ソジトは騎士団長であるが、昔から勘が鋭い。
掃除が特に行き届いているとか、人の気配がするとか、普段とは違うことをかぎ取って、彼女の部屋を突き止めたのだろう。
ダミュアンは慌てて後を追う。
「ああ、こんなところにいたのか」
とある部屋へとずかずか入っていき大きな声で声をかけるのを聞く。
彼はソファに座っているリリィの前で不躾に彼女を見下ろしていた。
「そんなに美人ってわけじゃあないな」
「おい、ソジト」
失礼な発言を咎めるように名を呼べば、素直に振り返った。
「俺の恋人に不躾に近づくな」
「金で買った、しかも庶民の女だろ。なんでそんなに怒っているんだ」
理解できないと言いたげにソジトは首をかしげている。
庶民かどうかなんて関係ない。
ダミュアンが信頼している金で買った、信頼できる恋人である。
そんな大切なものに近づかれて、怒らないはずがない。
だが、不愉快さも長引きはしなかった。
「ダミュアン様」
リリィはすくっと立ち上がると、ソジトの横を通りすぎて、ダミュアンに抱きついたからだ。
「は!?!?」
「とても怖かったです、止めてくださって嬉しかった……」
驚愕に目を見開いて固まったダミュアンの瞳を、桃色のくりくりとした大きな瞳が覗き込んだ。
「そういえば、今日、わざわざ会いにきてくれましたよね。それも嬉しかったです、ダミュアン様」
にっこりと微笑され、ますます顔が強張っていく。
彼女を前にするとどうしても顔が固まってしまう。どんな表情をしているのかはわからない。ただ、頭が真っ白になって、顔が固くなるのだ。
そんなダミュアンの姿を見てソジトは、ふんと鼻を鳴らして勝ち誇ったように笑う。
その顔はどういうことだ。
だがリリィがくっついてくるから、ダミュアンの心臓はばっくんばっくんと轟音を立てている。謎に緊張しているのが自分でもわかるほどだ。
だというのに、ソジトは彼女に向けて辛辣な言葉を吐いた。
「庶民が公爵相手に随分と馴れ馴れしい態度だな」
「買われた庶民の恋人ですから。求められたままの恋人の正しい行動でしょう? 見知らぬ男性に批難されて傷ついたので、優しい恋人に甘えさせてもらっていますの」
ダミュアンにくっつきながら、リリィは器用にソジトを振り返って悲しげに微笑む。
だが声音は随分と挑発的だ。
「なんだ、随分と噂とはかけ離れているようだが?」
ソジトもその気配を感じ取って不愉快そうに顔を顰めた。
だがそんな騎士団長を前にして、なぜかリリィは胸を張った。
「ふふ、素敵でしょう?」
「女狐の素質ならあるんじゃないか?」
「本来、騎士というものは婦女子を護るために存在するはずだが」
リリィに向かって吐かれた暴言に対して、冷ややかな声で返したのはダミュアンだった。
もう我慢ならない。これ以上大切なものを侮辱されるのは腹が立つ。
リリィを護るようにしっかりと抱き締める。
「おい、本気で怒るなよ。先に侮辱してきたのは……」
「ソジトの方だ。それに彼女はとても可愛いだろうが」
「あーはいはい、わかったよ……悪かった」
「俺に謝るな」
「お嬢さん、確かに失礼な態度だった。許してくれ」
ダミュアンに睨まれて、ソジトは体をくっきり折り曲げて頭を下げた。
ソジトの謝罪を見て、リリィはぱっとダミュアンから離れて、彼に向き直った。
温もりが離れてしまって、ダミュアンはひどく悲しい気持ちになったほどだ。
「こちらこそ、生意気な口を聞きましたわ。申し訳ございません」
「じゃあ、許すってことだな。ほら、これでいいだろ?」
「彼女が納得したのなら、問題ない」
「じゃあ、お前の様子もわかったし、俺はこのまま帰るぞ。あいつにもちゃんと伝えておくから」
カプラシルに何と言うつもりかは知らない。すぐに時間を作って会いにいかなければ。
ダミュアンが買った大切な愛の話なのだから。
「わかった、また近いうちに時間を作る」
「おー、連絡してくれ」
先ほどまでの険悪さを一瞬で霧散させて、にかりと笑うとソジトは片手をあげてさっさと部屋を出ていく。
「お見送りはよろしいのですか?」
「そういう細かいことは気にしないやつだから」
部屋に残されたリリィが、ダミュアンをおろおろと見やれば彼は何事もなかったかのように首を横に振った。
「それより、食事は済んだのか」
「え、ええ。いただきました」
「本当は君と一緒に夕食を食べたかったんだ。だから、明日は一緒に食べよう」
やはり食べ終わってしまっていたのか。
少し残念な気持ちになって、ダミュアンはリリィに懇願したのだった。
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