閑話 傲慢公爵の恋6

「あの、ダミュアン様。今日は、孤児院の方にもきてくださったんですよね? あの子たちがご迷惑をかけたようで……」

「え、ああ。いや、とくに迷惑ということはなかったが……その、驚きはしたが……」


リリィが申し訳なさそうに眉尻を下げて謝罪してきたので、ダミュアンは慌てた。


孤児院に初めて行ってみたが、リリィが日頃監督しているのは知っている。そのため、古い建物だが、とても綺麗で手入れが行き届いていた。

子どもたちもきちっとしていて、ダミュアンに丁寧に対応してくれた。


ただダミュアンが名乗ってリリィを探していると伝えた途端に、子どもたちの態度は豹変した。


リリィを返せと泣き、喚き、怒ってきたのだ。

正直、リリィとは契約であり対価を払っている。つまり、ダミュアンがどうこうする権利を有するのだが、感情的な子ども相手に何を言ったところで勝てる気はしなかった。


ミトアと名乗った少女だけが、職業斡旋所に聞かなければリリィの居場所はわからないと教えてくれた。

あの時の混沌とした状況を言葉にするのは難しい。


思わずごにょごにょとした不明瞭な言葉になってしまって、リリィが不思議そうに問いかけてくる。


「え、なんですか?」

「君の予定を聞いていなかったから。何時にここに来るのかと思って……」

「まぁ、それでわざわざ探してくださったんですか?」


本当はダミュアンは朝にリリィが起こしに来てくれたことを聞きたかった。

だがきっと毎日の恋人の習慣なのだろう。

わざわざ明日も起こしてくれるのかと尋ねなくても、リリィは来てくれるに違いない。


「孤児院の子が、君は毎日仕事斡旋所で色々な仕事に就いているから、帰ってくるまでどこにいるかわからないと教えてくれて。それで、職業斡旋所にも行って君がいる場所を聞いて……いや、仕事の邪魔をするつもりはなかったんだが」

「仕事の邪魔ではありませんでしたよ。わざわざ会いに来てくださって、嬉しかったと言いましたよね?」


上目遣いでダミュアンを見上げるリリィは本当に愛らしい。

恋人というのは、本当に可愛いものだと知る。

だというのに、リリィが首を傾げて尋ねてくる意味がわからなかった。


「怒りました?」

「いや、怒ってはいない」

「では、不機嫌ではないということですか?」


聞きながら、リリィはダミュアンの眉間の皺をつついた。


「凄いくっきりですけど?」

「これは……っ」


ダミュアンは両手を眉間に当てて隠す。

そんなに眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな顔をしていたのか?


ダミュアンには自覚がない。

だが、リリィを見ているとにやけそうになるのは自覚があった。

もしかしてにやけるのを我慢すると不機嫌そうな顔に見えるのだろうか。というか、眉間に皺が寄ってしまうのかもしれない。


「これは、なんです?」

「そんなに不機嫌そうに見えるのか……」


リリィを怖がらせるつもりはない。

だというのに、いい年をした男がにやけているというのもどうなんだ。

さすがに格好が悪いという感情くらいはある。


ダミュアンは逡巡した。

金で買って契約を結んだとはいえ、彼女に悪感情を抱かれるのは甚だ不本意である。


だが優しいリリィは、話題を変えてくれた。


「そういえば、ダミュアン様はどういう恋人が理想とかあります? 恋人とこんなことがしてみたいとかでもいいですけど」

「特にはないな」


恋人としたいこと?

ダミュアンは今まで考えたこともない。

愛を買って、こうしてリリィが傍にいてくれるだけで満足していたのだ。

何をしたいということは思いつかなかった。


だがリリィの質問は続く。


「なら、なぜ愛が欲しいなどと?」


愛が欲しかったのは、デイベックに幸せになれると言われたからだ。

別に自分を不幸だとは思わないけれど、生活に色どりが増すのだとかよくわからない説明を受けた。

どうせ買うなら、最上級の愛が欲しいと思ったのは本当だが、最初のきっかけはデイベックだ。


「君には関係ないことだ」

「なるほど、そうですね」


事実を伝えたつもりだが、なぜかリリィの声が硬質に響いた気がした。

何かをしくじったような、悔いた気持ちが湧いたが、それが何なのかダミュアンにはわからなかった。


リリィに問いかけようと口を開く前に、先にリリィが言葉を告げる。


「今日はもう遅いですね。では、おやすみなさい、ダミュアン様」


リリィに言われ、確かに就寝時間が来たことに気づく。

なぜか、彼女と一緒にいると時間が進むのが早く感じる。

あっという間の逢瀬だ。


一日が身近すぎるのではないだろうか。

憮然と考えこめば、リリィはダミュアンの額に口づけを一つ落とした。


「あ、ああ」


ダミュアンは戸惑いつつ、呻いた。

一瞬なはずなのに、ひどく長く感じた。

先ほどまでは、時間があっという間に過ぎたくせに、リリィの口づけ一つは随分と長い。


どういうことだ?

まだ額に彼女の唇の柔らかな感触が残っているような気がする。

それが余韻となって、ますます長い時間に感じるのかもしれない。


問いかけたところで、彼女にもわからないだろう。

そもそもリリィの微笑みがふにゃっとしている。

これは彼女が眠たい証だ。


それくらいはわかるようになってきた。

そもそも彼女の朝は早いのだ。

ダミュアンがこれ以上引き留めるのはかわいそうだ。


ちなみに、眠気が漂うふわふわした笑顔を浮かべたリリィに見送られたダミュアンは、自分が苦虫を噛み潰したかのような渋面のまま、耳だけ赤くしていたことには、最後まで気がつかなかったので、結局誰も知らないことになったのだ。

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