第22話 命令無視は嬉しい?
わかった。
いや、ダミュアンが何を怒っているのかはよくわからないけれど、これはリリィが謝らなければならないことだとわかったのだ。
雇い主の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「すみません、ダミュアン様。気を遣ったつもりでした。明日は起こしに行けばよろしいですか?」
「それでは、俺が催促しているみたいだ」
催促しているのは間違っていないのでは?
けれど、頷いたら絶対に拗ねる案件だと察することはできた。
相手は年上で、いい大人のはずだけれど。
「私が、ダミュアン様を起こしたいんです。駄目ですか?」
「好きにしろ」
思いのほか、面倒くさい男に出会ってしまったのではないだろうか。
いや、金を貰っているのだから、もう仕方がない。
これも仕事のうちと思えば、しょうがないと諦められる。
仕事というのは理不尽で面倒くさいものだ。
しかし、リリィが朝起こす時間は日の出前のあの時間になるのだ。一日のスケジュールをぎちぎちに詰め込んで働いているリリィに空き時間という言葉はない。
絶対にダミュアンが起きれるわけがない。
後で執事に確認して、どの程度起こせばいいのか聞いておこうと決心する。
そうして、次々運ばれていくる夕食を堪能するのだった。
#####
食事が終わって自室へと引き上げることになった。
すっかり寝る時間である。
「おやすみなさい、ダミュアン様」
ダミュアンが食堂から部屋まで送ってくれたので、部屋の前でダミュアンに就寝の挨拶をした。その際に、彼の頭を優しく撫でることも忘れない。子どもたちはこうすると一瞬で夢の中へと旅立ったものだ。自信を込めて、別れた。
そのまま自室でしばらくうろうろとして時間を潰してから、再度執事の元にまで戻る。
「すみません、ちょっとお話を伺ってもよろしいですか」
食堂の片づけをしていた執事に突撃した。
「リリィ様、どうされました」
「今日、公爵様は一日、どう過ごされていたんでしょう」
「……その、リリィ様が起こしに来てくれるのを寝室で待っておられました」
「一日?」
「いえ、スキア様がリリィ様から伝言を預かってきたとお昼頃に戻ってこられまして、夕食の時間まではお仕事をされておられましたから、半日ほどになりますか……」
半日も?
一日でなかったことをありがたがるべきなのだろうか。
しかし、半日も働かずに済んでしまうダミュアンの金持ちぶりを目の当たりにして、リリィは実際に呆れて、言葉を失う。
いや、けれど伝言とはなんだろうか。
デイベックに伝言を頼んだ覚えはないのだが。
「夕食を一緒に楽しみたいから、お仕事頑張ってください、と聞いておりますが」
「…………」
そんなことは一言も言っていない。
リリィの表情から執事も悟ったのだろう。
「部屋から出てきてくださったので、助かりました。スキア様もなんとか仕事にとりかかれて安心したとおっしゃって安堵されてましたよ」
「何かの役に立ったのであれば、良かったです。ところで、明日はダミュアン様を起こしてしまってよろしいのでしょうか」
「お望みですから」
「朝、弱いんですよね? 起こされるのが嫌いだと聞いたと思ったのですが」
それを教えてくれたのも、執事であったはずだが、本当に大丈夫なのだろうか。
「リリィ様に起こされたのが本当にうれしかったのではないでしょうか」
「今まで誰かに起こされたことがないんですか?」
「そうですね。絶対に起こすなと命じられておられましたから。初めての経験だったのでは?」
主人の望みを聞いていただけなのだから、そんなに微笑ましい話ではないだろうに。
命令を無視して喜ばれるということだろうか。
そんな傍若無人な振る舞いはできないけれど。
リリィは今後の恋人らしいふるまいに、軽い絶望を覚える。
「大丈夫ですよ。リリィ様のなさることなら、なんでも嬉しいのでしょう」
執事は柔和な顔をさらに優しげに綻ばせて、穏やかに告げたのだった。
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