第21話 待っていた

機織りの作業を終え、孤児院に戻って夕食の準備と一日の報告を簡単に聞いた後に公爵家へと戻ってきた。

ダミュアンの仕事は忙しく夕食はいつも遅い時間に設定されているという。

その時間に合わせて戻ってきたつもりだったが。


「どういうことだ?」


夕食の時間になって、公爵家の食堂に案内してもらったリリィは、不機嫌そうに席についているダミュアンを見やって首を傾げた。


ちなみに、食堂についていてもドレスコードなどもっていないので、くたびれた修道女の服装である。


「時間に遅れましたか?」


首を傾げれば、リリィに座るようにと促された。

お腹が減って不機嫌になる子どもは多い。彼もそうなのだろうか。


ひとまずは、リリィに食事をさせてくれる気はあるようだ。

もしかしたら、彼が食べたいだけかもしれない。


やや広めのテーブルには綺麗な飾り付けがされており、恋人たちの雰囲気を明るくしている。けれど、そんな空気をまるっと無視して意固地になって座しているのが、ダミュアンである。


「いや、遅れてはいない。……なんだ?」


リリィは席につかずに、ダミュアンの傍まで歩いていくと、身を屈めた。


「ただいま戻りました、ダミュアン様」


ちゅっとリップ音をたてて、ダミュアンのこめかみに口づけを落とす。


給仕のために控えていた執事がぎょっとした顔をしていたが、リリィは全く気にせずに一つだけ空いた席につく。

リリィの動きを察した執事が慌てて椅子を引いてくれたので、すとんと落ち着く。


「それで、何をお聞きになりたいのです?」

「だ、……っあ、いや、な……ん」


食堂に入ってきた以上の渋面になって、言葉にならない言葉を呻いているダミュアンを見やって、問いかける。


「はい?」

「だから!」

「お腹がすいたので、食事をしながらでもよろしいですか?」

「ん、ああ? そうだな、食事にしてくれ」


ダミュアンは呻いていなければ普通に話せるのだなと知る。

執事に食事の用意を頼む時には無表情で、棘もない。


しかし、この前からひどく不機嫌になるときには言葉によく詰まっている。

どうしたら、会話になるのかリリィはリリィなりに一応、考えてきたものの、そのきっかけもよくわからない。


愛を捧げるように恋人らしいふるまいをしているだけであるが、それが間違っているということだろうか。


だが意識はすぐに、目の前のことに変わる。

皿が運ばれ、前菜から順々に並べられた。

リリィは目の前に並べられた料理をひたすらに口に入れるだけだ。

一日働いていたので、お腹はペコペコなのである。


「んー、おいしいですね。ダミュアン様」

「あ、ああ」

「ダミュアン様と二人で食べているから、ますますおいしいです」

「……そ、そうか」

「それで、最初は何を怒っておられたんです?」

「怒っていない」

「そうですか。では、何をお聞きになりたかったんですか」


完全に顔は怒っていたと思うが、ダミュアンは昨日も否定していたと思い出して、リリィは軽く聞き流した。


「朝に、起こしに来なかっただろう」

「朝、ですか。ダミュアン様が朝に弱いとお聞きしたので。迷惑になるのなら、やめようかな、と」

「待っていたんだぞ!」

「んん? え、なんですって?」


思わず聞き返せば、ダミュアンは無言で睨みつけてきていた。

それ以上、口を開く気はないらしい。

困って執事に視線を向ければ、首を横に振られた。


どういうこと?

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