第20話 昨日と同じ

朝一番に職業斡旋所に駆け込んだお陰で、得意の機織りの仕事を手にいれることができた。

顔馴染みの機織り所だったので、紹介状を持っていくだけで大歓迎された。指示された通りに一心不乱に機織り作業を続けていると、昼前になって何故か真っ青になった監督者兼所長がリリィの元に転げるようにしてやってきた。


「所長さん、どうかしました?」

「ええとな、リリィに、面会が……」

「面会?」


流れが、全く昨日と同じである。

どういうことだ?


またダミュアンがやってきたのだろうか。

本当に、仕事はどうした。

忙しいのではなかったのか。連日、こうして日中にやってくるとはどういうことだ。


リリィは機織りの手を止めて、所長の横を通り過ぎ、入口に向かう。

そこにはにこやかに片手を挙げているデイベックの姿があった。

仕事着らしいかっちりとした服装ではあるが、仕事はいいのだろうか。


「こんにちは、何かありましたか?」

「こんにちは、リリィ様。お仕事中に手を止めてしまって申し訳ありません」

「いえ、それほど時間がかからなければ大丈夫ですよ。何かありましたか?」

「少々、確認したいことがありまして。昨日、ダミュアン様に毎朝起こしに来るとかいう約束はされましたか?」

「毎朝起こすですか……いえ、昨日の朝は公爵様は寝入られていたので会話はしておりませんが……」

「これか……」


デイベックはなぜか悲愴な顔をして、空を仰いだ。


「どうしました?」

「いえ、こちらの問題です。申し訳ありません、お邪魔しました」


リリィが声をかければ、デイベックは真っ青な顔をして、頭を下げるとふらりと通りへ去っていこうとする。

リリィは慌てて呼び止めた。

このまま帰してしまって、デイベックは本当に大丈夫なのだろうか。

心底心配になったのだ。


「いやいや、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。本当にお気になさらず。ああ、そうだ。今日は屋敷に戻ってこられるのはいつ頃になりますか」


デイベックは、話題を無理やり変えて、リリィを見下ろした。


「昨日よりは少し遅くなると思います。でも夕飯には間に合うようにしますよ」


昨日は孤児院の夕飯の手伝いもせずに、屋敷に向かってしまった。

今日はきっちりと配膳して報告を聞いてからでないと、孤児院の業務が溜まってしまう。

ただ、ダミュアンと夕食を共にするという契約を破るわけにはいかない。

どう考えてもリリィよりも多忙のダミュアンが望んでいるのだから、彼も仕事の調整をつけているはずである。


「はあ、わかりました。できるだけ、お早目にお戻りください。では、失礼します」


デイベックは大きなため息を一つついて、今度こそ通りの雑踏に紛れた。

離れた場所には馬車の姿が見えたので、待機させていたのだろう。


ダミュアンは作業場の前に乗りつけてきていたのに、と二人の性格が表れているようでおかしくなった。


一つ伸びをすると、青い空を見上げてうんと頷く。


今日もよく晴れた春の空だ。

ダミュアンもこの空を見上げているだろうか、とふと考えて作業に戻るのだった。


――まさか、ダミュアンが寝室から一歩も外に出てこないだなんて、想像もせずに。

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