第17話 不機嫌が落ち着く
「あの、ダミュアン様。今日は、孤児院の方にもきてくださったんですよね? あの子たちがご迷惑をかけたようで……」
「え、ああ。いや、とくに迷惑ということはなかったが……その、驚きはしたが……」
なにやらごにょごにょと答えたダミュアンのせいで、後半の部分はよく聞こえなかった。
迷惑ではないときっぱりと言ってくれたので、リリィはミトアが大袈裟に言っただけかもしれないと安心する。しかし、後半部分は愚痴かもしれない。
聞き返した。
「え、なんですか?」
「君の予定を聞いていなかったから。何時にここに来るのかと思って……」
「まぁ、それでわざわざ探してくださったんですか?」
別に愚痴ということもなかったようだ。
ただリリィの予定を確認するためだけに探してくれたという。
「孤児院の子が、君は毎日仕事斡旋所で色々な仕事に就いているから、帰ってくるまでどこにいるかわからないと教えてくれて。それで、職業斡旋所にも行って君がいる場所を聞いて……いや、仕事の邪魔をするつもりはなかったんだが」
「仕事の邪魔ではありませんでしたよ。わざわざ会いに来てくださって、嬉しかったと言いましたよね?」
上目遣いでダミュアンを見やれば、彼はやはり不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「怒りました?」
なぜ、そんな表情になるのかわからずに、リリィは思わず尋ねた。
「いや、怒ってはいない」
「では、不機嫌ではないということですか?」
そんなに不機嫌そうな顔をしていて怒っていない?
よくわからずに、リリィはダミュアンの眉間の皺をつついた。
「凄いくっきりですけど?」
「これは……っ」
ダミュアンは両手を眉間に当てて隠してしまった。あまりの慌てように、むしろリリィの方が驚いた。
「これは、なんです?」
「そんなに不機嫌そうに見えるのか……」
どこか怯えたように呟いた彼に、頷くべきかリリィは判断がつきかねた。
正直に告げたら、彼はまた逃げ出してしまいそうな危うさがある。
リリィは契約恋人だし、愛を捧げる方なのだ。ダミュアンはどんと構えて受けとるだけでいいのに、なんだか思い描いていた恋人とは違うようで。
しかし、孤児院を訪れた時の子どもたちの対応を特に気にしていないのなら、リリィにとっては、取り急ぎの問題がなくなってしまった。契約破棄とはならないようで一安心だ。
仕事に私情を挟まないのが鉄則である。
リリィはより仕事が円滑になるように質問してみた。
「そういえば、ダミュアン様はどういう恋人が理想とかあります? 恋人とこんなことがしてみたいとかでもいいですけど」
「特にはないな」
特にはないだと?
リリィはうーんと呻いた。
お金を払ってまで愛が欲しいのに、恋人にしてほしいことがないとはどういうことだろうか。
「なら、なぜ愛が欲しいなどと?」
「君には関係ないことだ」
「なるほど、そうですね」
雇い主が関係ないと言うのならば、そうなのだろう。
ならば、リリィが思う愛を捧げるだけだ。
それが、契約なのだから。
「今日はもう遅いですね。では、おやすみなさい、ダミュアン様」
そろそろ就寝時間が来たので、リリィはダミュアンの額に口づけを一つ落とした。
リリィが市場で仕入れた恋人にされたいことのリストの一つである。
「あ、ああ」
ダミュアンは戸惑ったように、呻いた。
やはり、また仏頂面に戻ってしまったが、リリィはむしろ不機嫌なダミュアンのほうが落ち着くから好きだった。
そんなことを伝えれば、彼はますます混乱しそうだったので、ひっそりと思うだけだけれど。
ちなみに、リリィの朝は朝日と共に始まるので今は眠たくて仕方がない。お風呂は入っていいと言われているので、ありがたく使わせてもらうが。
風呂に入れば、すぐに眠ってしまいそうだ。
眠気が漂うふわふわした笑顔でダミュアンを見送ったので、彼が苦虫を噛み潰したかのような渋面のまま、耳だけ赤くしていたことには、最後まで気がつかなかったのだった。
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