第16話 不機嫌から一転

「なんだ、随分と噂とはかけ離れているようだが?」


ソジトはどうやら、ダミュアンが金で買った恋人が噂の『慈愛の聖母』であるとは知っているらしい。

『慈愛の聖母』は頑張って作って広めたのだから、リリィは胸を張るだけである。


「ふふ、素敵でしょう?」


にっこりと微笑んでみせれば、ケッと悪態をつかれる始末だ。彼は貴族であるものの、型破りということだろうか。

例え庶民相手といえども、態度が悪すぎる。


「女狐の素質ならあるんじゃないか?」

「本来、騎士というものは婦女子を護るために存在するはずだが」


リリィに向かって吐かれた暴言に対して、冷ややかな声で返したのはダミュアンだった。

いつの間にか、リリィを護るように抱き締められている。

大きな腕は逞しくて、温かい。


包み込まれるような安心感に、リリィは思わず慌てた。

これは一方通行の愛で、リリィは只管に与えるだけのはずでは?


ちょっと契約内容と相違がある。


「おい、本気で怒るなよ。先に侮辱してきたのは……」

「ソジトの方だ。それに彼女はとても可愛いだろうが」

「あーはいはい、わかったよ……悪かった」

「俺に謝るな」

「お嬢さん、確かに失礼な態度だった。許してくれ」


ダミュアンに睨まれて、ソジトは体をくっきり折り曲げて頭を下げた。

庶民相手に貴族が頭を下げて謝る?


リリィはダミュアンから慌てて離れて、ソジトに向き直った。

攻撃されたから返しただけで、別に謝ってほしかったわけではない。というか、謝られるとは思わず居心地が悪い。


「こちらこそ、生意気な口を聞きましたわ。申し訳ございません」

「じゃあ、許すってことだな。ほら、これでいいだろ?」

「彼女が納得したのなら、問題ない」

「じゃあ、お前の様子もわかったし、俺はこのまま帰るぞ。あいつにもちゃんと伝えておくから」

「わかった、また近いうちに時間を作る」

「おー、連絡してくれ」


先ほどまでの険悪さを一瞬で霧散させて、にかりと笑うとソジトは片手をあげてさっさと部屋を出ていく。


「お見送りはよろしいのですか?」

「そういう細かいことは気にしないやつだから」


それは細かいことに分類していいものだろうか。

まあ、長い付き合いの彼が言うのだからいいのだろう。


部屋に残されたリリィが、ダミュアンをおろおろと見やれば彼は何事もなかったかのように首を横に振った。


「それより、食事は済んだのか」

「え、ええ。いただきました」

「本当は君と一緒に夕食を食べたかったんだ。だから、明日は一緒に食べよう」


無表情のままだったが、声はひどく穏やかだった。そして、内容がちょっと甘い。


一緒に食べたかったのか。そうか。

まあ、恋人と一緒に食事がしたいというのは、よく聞く話だ。ディナーデートということだろう。


うんうんと頷いたけれど、穏やかな声がひどく優しげに聞こえるからいけない。

というか、実際に体が熱い気がする。


契約したときも、今朝も不機嫌だったはずだ。金で買った恋人などやはりいらないと思われていたらどうしようと焦ってここまできたはずだった。


あれ、契約恋人って、こんな扱いをされるものなのか?


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