第15話 買われた恋人の正しい態度

公爵家へとやってくれば、ダミュアンは夕食中とのことだった。しかも来客を交えた会食らしい。

そんな時間に突然尋ねてくる恋人というのもどうなんだろうと、取り次ぎは頼まなかった。

一応、一緒に住むということが条件ではあったし、今日から屋敷に住むことになっているので、滞在することは吝かではないのだが。


すると執事は別室を用意してくれて、食事は済んだのかと尋ねてきた。

そういえば、食事もとらずにきたのだと思い出した途端に、お腹が小さく鳴った。


執事は心得たようで、すぐに厨房に指示を出してくれた。

そうして、リリィの目の前にサラダと上品な鶏の香草焼き、温かいスープと柔らかいパンを出してくれた。孤児院でも同じ内容ではあったが、使っている具材も、美味しさも比べるべくもない。


リリィはしっかりと完食して、明日もきっちりと稼ごうと心に決める。

食事は生きる糧だ。さらに美味しければ言うことはない。子どもたちには、もっといいものを食べさせてあげたい。


「ご馳走さまでした」


執事にお礼を伝えれば、彼は微笑んだ。


貴族特有の庶民を見下したような態度は少しもない。

ダミュアンが雇った者たちは本当に行き届いているなと感心する。


以前にうっかりハインリッヒの伯爵家に行ったときは、使用人一同に随分と蔑まれたものだ。度々顔を出すようになってからも、散々な態度をとられていた。


だから、あの子は大丈夫かと心配したのだが。

かつて孤児院にいたやせっぽっちの子どもを思い出す。黒髪で、同じく真っ黒な瞳をした少年を。住む世界も、立場も何もかもが変わってしまった彼を。

リリィの貴族嫌いの原因になった彼を。


リリィがつらつらと考えこんでいると、激しく扉が開かれた。


「ああ、こんなところにいたのか」


大丙な態度を隠しもせずに、ずかずかと部屋に入ってきた男は、ソファに座っているリリィの前までくるとしげしげと見下ろした。


「そんなに美人ってわけじゃあないな」

「おい、ソジト」


失礼な発言した男は、後からやってきたダミュアンに名前を呼ばれて振り返った。


「俺の恋人に不躾に近づくな」

「金で買った、しかも庶民の女だろ。なんでそんなに怒っているんだ」


理解できないと言いたげに男は首をかしげている。


ソジトと呼ばれた男は、おそらく貴族だろう。体格がよく、鍛えられているから騎士でもしているのかもしれないが。


公爵であるダミュアンと対等に話していることから、身分はかなり上だろう。


気安い態度は友人関係かもしれない。

だが、それにしてもいただけない。

彼の態度は、リリィの琴線に触れた。


「ダミュアン様」


リリィはすくっと立ち上がると、男の横を通りすぎて、ダミュアンに抱きついた。


「は!?!?」

「とても怖かったです、止めてくださって嬉しかった……」


驚愕に目を見開いて固まったダミュアンの綺麗な瞳を覗き込む。


「そういえば、今日、わざわざ会いにきてくれましたよね。それも嬉しかったです、ダミュアン様」


にっこりと微笑めば、ますます顔が強張っていく。

可愛い恋人が甘えているのに、全く喜んでいるようには見えない。

お陰でソジトは、ふんと鼻を鳴らして勝ち誇ったように笑う。


この作戦は失敗なのか。

いや、でもくっついているダミュアンの心臓はばっくんばっくんと轟音を立てている。緊張しているのかよくわからないが、不快ではないのだろう。


「庶民が公爵相手に随分と馴れ馴れしい態度だな」

「買われた庶民の恋人ですから。求められたままの恋人の正しい行動でしょう? 見知らぬ男性に批難されて傷ついたので、優しい恋人に甘えさせてもらっていますの」


ダミュアンにくっつきながら、後ろを振り返って悲しげに微笑む。


金で買われた恋人だからこそ、別に見返りが欲しいわけじゃない。それにすでに金銭でもらっているのだから、それは等価ではない。

ダミュアンが求めているのが慈愛に満ちた聖母の無償の愛だというのなら、一方通行だということは理解しているし、当然だと受け入れている。


だから、ソジトを抑止してくれたことは、とても驚いて感謝している。


ただ、言われっぱなしが性格的に我慢ならないだけで。

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