第4話 孤児院のおもてなし

借金取りであるセイガルドに時間をもらって、リリィは楚々とした様子で踵を返した途端、院長室に突撃した。

院長室でちんまりとお茶を啜っていた院長は、動じることなくリリィを見やったが普段通りなので構うことはない。


そして事態を口早に捲し立てると、何事かと覗きにきていたゲミに素早く指示を出す。


「ゲミ、緊急事態の6番よ。早々に備えて。子どもたちを呼び戻して」

「え、ええ? 6番ってなんだっけ。って、あいつらもう出かける準備を終えてるけど……」


ゲミの後ろにいたトンリが、彼の襟首を引っ掴んで食堂に向かいながら口早に説明している。


「徹底的に同情を乞えってやつだよ。訓練でやったでしょ。荷物持っててもいいから、急いで子どもたちに声かけて集めなきゃ」

「あれ、抜き打ちでやるじゃん。数が多くて覚えきれない」


文句を返した小さな背中に向かって、リリィも小さく叱る。


「そのための抜き打ち訓練なんだから、つべこべ言わないの。迅速に配置について、子どもたちを食堂に集めて、食事をさせるのよ」


緊急事態を想定した訓練は8番まである。最初の1番から4番は避難訓練である。津波や水害、暴漢の襲撃、盗賊がやってきたなどの避難を想定している。5番から8番は対貴族用、対商人用などと対応する人物にどういう配置でお出迎えのおもてなしをするかの訓練になる。

6番は対貴族用(寄付を乞う)である。


「あ、それと借金のカタに家財道具の査定に来ているから、孤児院の中を案内してあげて」

「それはミトアに頼むよ」


トンリからの頼もしい返事を聞いて、急いでリリィは玄関へと戻る。

落ち着いていて頭の回転の速いトンリがいれば、食堂の準備は大丈夫だろうと確信した。


姿を見せれば、セイガルドはリリィが姿を消した時のまま直立不動でいた。

後ろの男たちは不満そうな顔を隠そうともしないが、随分と早くにリリィが戻ってきたことは驚いていたようだった。


金目のものを隠したなどと言いがかりをつけられてはたまらない。

リリィは、にっこりと笑顔を向ける。


「中へどうぞ。子どもたちは、今食事中ですので、食堂に集まっておりますから、お好きなところを見てもらって構いませんわ」


食堂の前を通って中の様子を見せれば、男たちは息を呑んだ。


食堂の大きなテーブルについた子どもたちが、食事と呼ぶにもおこがましいほとんど具材の入っていない薄いスープとかちかちのパンを食べている。

子どもたちは十五人。だというのに、明らかに乏しい食事内容である。

けれど、どの子どもたちも一心に食事を口に運んでいる。

無言で黙々と。

薄暗い食堂に、とても重たい空気が満ちる。


「あら、リリィ姉。お客様?」


入口の近くで小さい子どもの食事の世話をしていたトンリが今気が付いたといわんばかりに明るく声をかけてきた。


「そうよ。そういえば、皆様はお食事がまだですよね。ご一緒されますか?」

「い、いえ。我々は仕事がありますので」


セイガルドは戸惑ったように首を横に振った。後ろに続く男たちの表情も暗い。


「そうですか。では、ミトア。案内してあげてくれるかしら」

「いいわよ。何から見ますか。どこか、行きたいところはあります?」


ミトアが食事を切り上げて、近づいてくる。


にこやかな少女に声をかけられた男たちはのけ反った。

なぜか戦慄している。

それを見届けて、リリィはセイガルドに頭を下げた。


「すみません、そろそろ仕事に行かなければならない時間になりまして。あとのことは院長先生に頼んでありますので……」

「わ、わかりました」


青い顔をしたセイガルドに、リリィは申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。


これで、ひとまず金目の物もなければ孤児院の経営がギリギリの上に成り立っていると印象づけられたに違いない。

なんとか、切り抜けられただろうか。


子どもたちが座っている椅子の近くには、これからの作業に必要な網や鍬や鎌が落ちていたけれど、気づかれなかっただろうかと、ちらりと心配しながら。


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