第9話 憐れな公爵

「ええと、できれば具体的に……教えていただけると助かります……」


リリィが頭をフル回転させて息も絶え絶えに尋ねれば、公爵は不思議そうに首を傾げた。


「なぜわからない? いつもやっていることだろうに」


博愛精神や献身的な愛についてはよくわからないけれど、いつもやっていることと言われれば、孤児院を整えて子どもたちに教育を施して金を稼ぎに行っているだけだ。

つまり、この屋敷でメイド兼家庭教師として働けと?


なんか違うというのはわかるけれど、じゃあ何をすれば彼が満足するのかはわからない。


「メイドとして働けということですか?」

「なぜそうなる」


呆れ果てたように告げられて、やっぱりこうなるよなと肩を落とす。


「公爵様の言葉に問題があるのでは? だから、私から説明しますと申し上げました」

「だが……」


言い渋った公爵は、そのまま押し黙った。

顎でしゃくって見せたので、代わりに話せということだろう。

デイベックは、心得たように口を開いた。


「リリィ様の尊い愛は広くて深く、素晴らしいものです。その愛で、公爵を満たしてほしいのです」


わからないと首を傾げているリリィに、デイベックが安心させるように微笑んでみせた。


「具体的には、公爵にその愛を捧げて、献身的に尽くしてほしい。貴女には公爵の愛情深い恋人になってほしいのですよ」


愛情深い恋人だと?


こんなにモテの頂点にいるような人が、恋人を金で買うということだろうか。

正気か?


リリィは思わず公爵をガン見したが、彼も不機嫌そうに見つめ返してくるだけだ。


「……必要あります?」


こんな地位も権力も金も美貌もある男である。

全ての頂点に立っている男が、なぜ金で恋人を買わなければならないのか。

全くもって金の無駄遣いだ。

信じられない。なんのつもりかしらないが、騙されていると考えるほうが普通である。


問いかけたリリィですら、少しも信じていないというのに。


「必要かどうかを判断するのは俺だ」

「そんな言い方だと伝わらないですって。リリィ様は、公爵様の数々の噂をご存知かと思いますが、この方は本当にお金しか信用していないのです。自分で得られたもので、欲しいものを買う。それだけでしか、色々なことが信用できない可哀そうな方なんですよ」

「おい?」

「偏屈は黙っていてください。リリィ様に同情してもらわないことには話が進まないでしょうが。先ほども忠誠心を金で買ったとおっしゃられたでしょう。商売も取引も契約も何もかもが金で買えると信じているのです。憐れでしょう?」

「おい、そんなことを思っていたのか?」

「リリィ様にわかりやすく説明しているだけです。それに、間違ったことは言っていないでしょう」


主従のやりとりにぽかんとしてしまう。

この人たちは、何かの喜劇でも演じているのだろうか。


だがデイベックは、リリィに向かって真摯な眼差しを向けてくる。


「ですから、買わせていただけませんか。貴女の最上級の尊い愛を」


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