第8話 最上級のもの

「おい、聞いているのか? それとも聞こえなかったのか。お前のその尊い愛を言い値で買ってやると言っているんだ」


どうやら聞き間違いでも、言い間違いでもないらしい。

愛、である。


リリィは売れる物はとにかくなんでも売ってきたけれど、愛を売るとはどういうことだ。

やはり、体を売れということなのか。


孤児院出身者でも、その道に進んだ者もいるので、今更なにも知らないような純粋な乙女のフリをするつもりもない。体はまっさらだけれど。

低俗だけれど、わかりやすい。自分の体にそれほどの価値があるとは思わないが、貴族が望むのなら仕方ないと割り切れるほどには、リリィは貴族が嫌いだ。


しかし、公爵の言葉はどうにもニュアンスが違うようである。


とにかく、公爵の言いたいことは愛して欲しいということだろうか。

そのためにお金を支払う、という。

愛を金で買えると信じているところが、もうすでに理解の範疇を超えているし、正直なところ馬鹿にされているような気にもなる。

だというのに、それがリリィに求められている仕事なのだ。


――本当にお貴族様の考えることって謎だわ……っ!


ぽかんとしたリリィに、横に控えていたデイベックが肩を竦めた。


「こちらが先に話をするからと説明したでしょう」

「時間は有限だぞ。ちっとも話が進まないじゃないか」


不機嫌そうに公爵に睨まれても、秘書は少しもたじろがない。メンタル鬼強だな、とリリィは羨ましくなった。

この世はとにかくメンタルがタフでなければ、やっていけない。


「時に取引には時間が必要になることもありますよね。とくにこのような個人契約には慎重になるべきですよ」

「トラクたちを買ったときはすぐだったじゃないか。立派に忠誠心を捧げて尽くしてくれている。お前だって給金払ってしっかりやってくれているだろう」

「あの人たちは元傭兵でしょう。契約には慣れていますよ。私だってまぁ秘書ですから、貰った分は働きますが。

実際、忠誠心を金で買ったと信じているのは貴方くらいでしょうね」


やれやれと肩を竦めて見せた秘書の言葉にリリィは目を丸くした。


忠誠心を金で買った!?


この人はアレだな。

金で買えないものはないと信じている人種なのだろうが、きっと金持ちになれる怪しい壺とか売り付けられれば信じて買ってしまうタイプなのだろう。


富豪でもそういう抜けている人がいるのだなと、リリィはむしろほっこりした。

例え騙されたとしても今でも立派なお金持ちなのだから、どれだけの資産額だという話である。


「すみません、少し確認してよろしいでしょうか」


リリィはちょっと気が楽になって、言い合う二人に声をかけてみた。


「なんでしょう?」

「ええと、公爵様が買ってくださる愛というのは、実際どういうものを指しますか」


博愛精神を求められているのであれば、会話するくらいの間柄だろうか。

いまいち、何をすればいいのかわからない。


「俺はとにかくこの世の中で一番最上級のものが欲しい。そんな愛だ」

「はい?」


なんか超ド級のものを要求されていることだけはなんとかわかった。


いや、そんな愛を提供するのは無理なんじゃないかな!?

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