第2話 孤児院の運営戦略

孤児院の食堂――なんて呼んでいるけれど、ただ大きなテーブルが真ん中においてある広間――に子どもたちが左右に整然と椅子に座ってテーブルについている。目の前には朝から海でとってきた貝をふんだんに使ったスープやサラダが並ぶ。パンは硬いのでスープで浸さなければ食べられないけれど、昨日のうちに別部隊が捕ってきた山菜と野鳥のおかげで贅沢な朝食である。


「さあ、食事にしましょう」


修道服を着こんだリリィが祈りを捧げ促せば、一瞬で食堂は戦場に化す。


リリィはため息をついた。

子どもたちは十五人。

育ち盛りの食べ盛り。

子どもは賑やかなものだ。それはわかるけれど、こんなに騒々しいものなのか。


元気いっぱいであるのは頼もしいことなのか。いや、病気にかかれば治療に金がいるので、ありがたいことではあるのだ。

ただ、もう少し静かにならないかと思うだけで。


貴族や町の人たちから寄付はある。善意で成り立っているので、こちらから差し入れを十全に期待するのは間違っていることもわかっている。仕方なく孤児院の子どもたちが協力して朝早くから食料を確保するために活発に動きまわっている。だから、ばっちり目が覚めているのはいいことなのだ。


「お前のパンの方が大きい!」

「ねぇ、肉が入ってないよ」

「野菜嫌いだから、あげる~」

「やだ、零さないでよ。もったいないじゃないっ」


黙々と食事を口に運ぶのは孤児院の院長である神父ヴェッガだけである。


「食事中は静かに!」


お玉を片手に、リリィは声を張り上げた。

くせのある茶色の髪は肩までの長さでふわりと揺れる。大きなまん丸の桃色の瞳を吊り上げて怒るけれど、迫力は乏しい。

自覚はあるが、言わずにはいられない。


「リリィ姉、そんなに声を張り上げたら、メッキがはげるぞ。あれ、化けの皮だっけ?」

「どっちでも同じだよ、せっかく『慈愛の聖母』なんて言われてるくせに」


年嵩の年長の二人の少年が賢しらに口を開けば、隣で食べていた同じ年の少女は首を振った。


「皆、だめよ。リリィ姉のおかげでこうして満足な食事が食べられているのよ? 実際がどうであっても、ばらすのはいけないことだわ」

「ゲミ、トンリ、ミトア。言いたいことはそれだけかしら?」


にっこりと微笑めば、三人は気まずげに顔を見合わせて、静かに食事を続ける。


貧乏孤児院の最高権力は院長ではなく、経理担当のリリィであるのだから。

次の日のおやつの時間に明確に響くのだ。


ちなみにリリィは孤児院の職員兼経理担当兼広報担当兼食事係兼買い出し担当である。広報担当には身綺麗にするところから、孤児院の掃除まで含んでいる。


そんな運営資金を握る者は、オンボロ孤児院だからこそ、絶大な権力を持つ。狭い世界だけれど、制することは容易い。

とはいえ、無給で働いているリリィに直接お金が手に入るわけがない。外に働きに出ることもあるが、それで得られる賃金では到底十五人もの子どもたちを養うことは不可能だ。

そして、寄付は的外れなものが多い。すぐに金銭に結びつかない。


仕方なく孤児院で働きつつ、外貨を得るために広告塔を務めている。

それが『慈愛の聖母』である。


別に最初からリリィが広めたわけではないのだが、孤児院とちょっとしたつながりのあるハインリッヒ・ウラウス伯爵の発案である。

伯爵は僅かばかりの金銭を寄付してくれる貴重な存在ではあるが、それだけでなく生き抜くための知識も与えてくれた。そんな彼の外貨獲得のための戦略だ。

世間の同情を集めて資金を手に入れることを思いついたのである。そして、リリィを博愛の化身のような存在に仕立て上げ、噂を広めたのだった。


老朽化した建物に十六の少女が十五人の子どもを抱え、賢明に働いている。自分の食べ物すら満足にないというのに、子どもたちに分け与え繕いをし洗濯掃除を一手に引き受け朝から晩まで働き詰め。折れそうな細い体だというのに笑顔を絶やさない聖母のような存在だと。

ついでにボロボロの格好をしているのに、見た目は大事だと髪はふんわりと艶が出るまで梳かされている。愛らしさは同情を買ううえで必要だと上目遣いと悲しげな伏し目がちの特訓をさせられたことは、今では懐かしい思い出である。どんな効果があるのかはわからないけれど、実際に手応えを感じているのでそれなりに憐憫を誘うのだろう。

もちろん王都一の看板女優であるデリール直伝のため、やたらと本格的な技術指導であった。紹介してくれたのも伯爵である。


そんな『慈愛の聖母』を助けるべく孤児院の子どもたちは聞き分けがよく、真面目で心根の優しい良い子たちである――。


胡散臭い話だと最初リリィ自身ですら笑い飛ばしたが、あれよあれよという間に話は広がり、寄付が集まった。以前に比べれば随分と暮らしぶりはましになったと言える。


おかげでリリィは王都で働きづらくなったけれど、事情を知って応援してくれてもいるのだ。

しかたなく金持ちや貴族の前では楚々とした雰囲気を心掛けるようになった。これもデリールのおかげである。


「今日の行動を確認するわよ、まずは山隊。旬の山菜がまだとれるそうだから、頑張って見つけてきて。肉はまだあるけれど、兎がいれば狩ってきてくれると助かるわ。次は海隊ね。朝に猟師のフェックさんが大漁だって言ってたから、手伝いをよろしくね。職業斡旋所からの手伝いの人の仕事はとらないこと。気を付けてね」


子どもたちを見回して、一日の行動を確認する。

毎日日替わりで動ける子どもたちを四班に分けるのである。


「次は街隊。グイッジが頼みたいことがあるって言ってたから、朝に顔を出して。最後に居残り組よ。今日は天気がいいから窓の掃除もしてね。あと、課題を提出するのを忘れないこと」


グイッジは以前に孤児院にいた男で、今は下っ端の騎士である。

自身は薄給であるものの、時折手伝えば小遣いをくれる。

子どもたちはその駄賃を楽しみにしているのだ。

居残り組はまだ面倒をみなければならない二歳のセイルを見守りつつ、孤児院の掃除を担当する。ついでに読み書きの学習があるので、どっさりと課題を与えられているのだ。


「うう、リリィ姉、あの課題、もう少し減らさない?」

「将来に必要なことだって言ってるでしょう。それと、昨日またお貴族様からガラクタを預かったから検品して目録を作成するのを忘れないこと。週末には引き取ってもらう予定だからね」


昨日、寄付として大量の壺が届いた。

高価なものなのかどうなのかの判断はつかない。大抵はその貴族が趣味で集めていて、価値のあるものは少ないのでガラクタ扱いである。

一括して商人に引き取ってもらっているが、その前に目録を作っておかなければ、その貴族が孤児院にやってきて飾られていないと機嫌を損ねることがあるのだ。


子どもたちに今日の仕事を割り振れば、一様に項垂れている。

それを見回して頷いた。


「ほら、他に質問はない? うん、ないわね。なら、今日も一日頑張りましょう」

「それ、質問受ける気ないやつ……っ痛」


ゲミが食事をしながらぼやいて、トンリに足のすねを蹴られていた。

それを他の子どもがくすくすと笑いながら、見ている。


オンボロ孤児院ではあるが、リリィが昔計画した運営戦略のおかげでなんとかやっていけている。

だがそうして少し上向きかけた孤児院だが、突然極貧に叩き落された。


ある日巨額の借金があることが判明したのだ。

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