第4話「まるで幸せになることを許されたような」
「これから
「一般的な調理技術は身に着けていますが、栄養価とかそういうことは……」
「そんなに難しい話じゃなくて、ただ食事を運んでもらうだけでいいんだ」
そう説明はしてくれるものの、
むしろきちんと教育を受けられた方で、食事のマナーや栄養に関しては厳しく徹底されているような印象すら与える。
「食べることを忘れるときがあって、そんな俺に三食きちんと食べさせるって……なんていうか……凄く難しいと思う……」
自分で自分のことを難しいと表現する雨依様。私の目を見てお話してくださっていたのに、ご自分の話をするときだけは目を逸らしてしまった。
「雨依様は……」
話の流れ的に、雨依様には食べることよりも優先していることがあるのだと気づいた。単に食が細い私とは違う理由を、雨依様は持っている。
「夢中になられているものがあるんですね」
限られたものの中から『夢中』を見出せる子、そうでない子。
どちらも見てきたからこそ、『夢中』という言葉が持つ魔法のような力を私は知っている。
「夢中……」
「あ、いえ、その……夢中になっているものを教えてほしいというわけではなくて……」
雨依様がくれる優しさがあまりにも嬉しすぎて、言葉が調子に乗ってしまったかもしれない。
『夢中』と言葉にした雨依様は、突然言葉を詰まらせてしまった。「夢中っていうよりは……」
雨依様とお話をしていると、不思議な感覚に陥るときがある。
「仕事……あ、いや、研究かな」
「研究?」
今日初めてお会いしたばかりなのに、どうしてこんなにも話しやすいのかなって。
「魔法の研究……やっています」
「…………魔法の研究ですか!?」
どうして、次から次へと言葉が止まらなくなるんだろう。
どうして、次から次へと話したい話題が浮かんでくるんだろう。
「そんなに驚かなくても……ふふっ、ははっ」
魔法という、ファンタジー要素のある言葉が飛び出してきたことに私の心はときめいた。
現代を生きるほとんどの人に縁がなくなっている魔法という存在。
ほとんどの人には、物語の中でしか魔法の存在を感じられないとまで言われている。
「だって、あの、魔法というものは……」
馬車の中で魔法の暖かさを感じられるのは、雨依様の身分の高さを語っていると思っていた。
身分の高い人は、貴重な魔法の力を当たり前のように利用できるという思い込み。
でも、話の流れからすると、この馬車を暖めているのは雨依様の魔法の力だと知る。そして私は、自分の心が動き始めるのを感じる。
「滅びかけの文化、だからね」
「雨依様は……魔法使い様ですか?」
「うん」
魔法という未知なる力は、滅びかけていると言われている。
「その昔は瞬間移動とか、箒で空を飛んでいたんですよね?」
「らしいね。その時代を生きた人間じゃないから、想像でしかないけど」
魔法を使う人がいなくなった。魔法を使える人がいなくなった。
だから、消滅寸前の力と言われている。
「でも、滅びかけているからこそ、発展していくものもあるからね」
世界には何人かの魔法使いが存在していて、その残り何人かの魔法使いは国を良くするために力を貸している。そんな話を伺ったことがある。
「凄い……」
「凄くないよ。さっきも言ったけど、瞬間移動とか箒で空を飛ぶとか無理……」
「初めてお会いしました! 本物の魔法使い様に!」
自分でも、興奮しているのが分かって少し恥ずかしい。
でも、恥ずかしいなんて気持ちで感情を押し殺してしまうのはもったいない。
初めてお会いした魔法使いさんに、聞いてみたいお話は山のように浮かび上がってくる。
ただでさえ雨依様とお話したいことはたくさんあるのに、雨依様が魔法使いだと分かった瞬間に話したいことが頭の中を埋め尽くして何がなんだか分からなくなってしまった。
「残りの力……残されている力を、国を良くするために使われているんですよね?」
「……うん」
一瞬、雨依様の表情が悲しそうに見えた。寂しそうに見えた。
でも、それはほんの一瞬の出来事。
すぐに雨依様は頬笑んで、私に安心の気持ちを与えてくれる。
「すみません……少し、興奮しすぎましたね」
私の気持ちが昂りすぎて、雨依様を驚かせてしまったのかもしれない。
現代では希少な魔法使いだからこそ、稀有な目で見られることもきっとある。
私はきっと、雨依様のことを稀有な目で見てしまったのだと思う。
「そんなことないよ、ありがとう」
謝罪の言葉を口にすると、その謝罪は必要ないよって雨依様が否定をしてくれる。
「……雨依様の研究がうまくいくように」
落ち着く。
上がりかけた口角を元に戻して、私もいつもの私を取り戻す。
「私も微力ながら、協力をさせてください」
初めて馬車というものに乗ったというのに、流れゆく景色を見る余裕はまったくなかった。
雨依様とのお話が楽しすぎて、聞きたいことを交互に尋ね合う時間をとても幸福に思った。思っていた。それなのに、楽しい時間はそう長くは続かなかった。
「雨依様、あの……」
「…………」
私が、楽しいと思ってしまったからかもしれない。
雨祈様と過ごす時間を、幸せだと思ってしまったからかもしれない。
私が幸せになろうとしてしまったから、時は私に楽しい時間はもう終わりだと告げに来てしまったのかもしれない。
「雨依様?」
「あー、うん、ごめん。眠くなってきて……」
「すみません! 私の話が退屈……」
「違うよ」
まだお会いして数時間しか経っていないけれど、雨依様はとても優しい人だってことが分かる。
「違う」
私の言葉を、私という存在を、否定しないでくれるから。
「さっき話した研究……」
「魔法の、ですか?」
「うん。昨日の夜、そのせいで眠れていなくて……」
何度か瞬きをされた後、雨依様は私に頬笑みかけてくれた。
「あ…………肩……」
「え?」
その、頬笑みを視界に入れる。
すると、私の口は勝手に動き出してしまう。
昨日までの私とは縁遠いような言葉の数々を、雨依様に伝えてしまう。
「……肩……お貸しします……」
こういう行為を、はしたないと言うのかもしれない。
でも、雨依様は、
「馬車はそんなに揺れないですけど……窓に頭を傾けると……」
もしも馬車が揺れたとき、雨依様の頭が窓硝子に激突してしまう。
そんな可能性をなくしたくて、私は自分の肩を貸し出すという案を提供する。
「あの……どうすればいいですか」
馬車の中で立ち上がるわけにもいかず、手だけを右往左往してしまう。
これはこれで見苦しい動作かもしれないけれど、男性に肩を貸すという経験がない私はどうしたら良いか。どうするのが最適なのか、雨依様に尋ねる。
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