第4話

体は動かない。

文字通り全精力を使い果たした。

指先一つ動かせない。


俺に力は残っちゃいない。


ぢいいいいいいい。

Vサキはもう飽きたと言わんばかりに、指先で大きく円を描くようにして魔方陣を展開している。


冷たい目。興味をなくした冷たい瞳。

そこにあるのは暇つぶしにもならなかったという失望だ。

そんな冷たい顔した人外の美女は今まさに立ち去らんとしている。


俺はチャンスを失ったのだ。

脱童貞の夢を、まさしく夢の如き美女に奪ってもらえるというそれを。


その事実はただの大学生にとってはあまりにも重かった。

そして俺は恐らく、この機会を生涯悔いることだろう。


あの時何とか抱けていればと。


折に触れ、思い出すのだ。

それだけの傷になるのだ。

就職しても、結婚しても、何かを成し遂げたとて。


あの時俺は抱けなかったのだと。


でも…ならばせめて。

せめて目に焼き付けておきたいとそう思った。

このVサキの最後の姿を、何度でも鮮明に思い出せるようにと。


最後の力を振り絞るようにして気合を入れる。

二重目の魔方陣を書き始めたVサキに意識を集中させる。


濡れるような黒髪も、翡翠のような瞳も最高だ。

しなやかな指先一つにも性が迸るかのようだ。

そして何よりもおっぱいだ。

やはりVサキを一言で言うならばおっぱいである。


理想の丸み。

むしゃぶりつきたくなるような重み。

脳髄がどこまでも溶けていくような甘い香り。


タンクトップに包まれた健康的かつ扇情的という相反する魅力を絶妙なバランスで両立させるそれ。


まじまじと見つめ抜くうちに、湿度やぬくもりすら感じられるようだ。

しっとりとしたそれに、体さえ動けばとうに抱きつき揉み倒しているだろう。


それだけそのおっぱいは愛おしい。

だというのに、俺はなぜ…動けないのだ…!


(この際神でもなんでもいい、ほんの少しでいいから、身体を動かせるだけの力よどうか…!)


どうにもならないとは悟りながら、俺は心の中で、心の底から叫びを上げた。

そしてポトリ、涙がこぼれ落ちる。


その時だった。


ぬくもりが、ノックした。

指すらまともに動かないのに、身体の中で何かが蠢く。


ドクンドクンと血が巡る。

体は動かない、動かせない。


だけど確かにそれは立ち上がっていた。


雄々しく、力強く、欲望のその全てを背負い!

かくも偉大なマイリトルサンシャインは立ち上がっていたのだ!


まさしく奇跡のような光景を目の当たりにして、ふつふつと、そしてムラムラとした気持ちが蘇る。


コイツはまだ諦めていないじゃないか。

脱童貞の夢に燃えているじゃあないか。


なら…主の俺が、諦めてどうするんだ!


ぢっ。


その時、Vサキもまた三重目の魔方陣を書き終えた。どうやら大きなゲートのようなそれは完成したらしい。

くぐり抜ければサキュバス界にでも飛ぶのだろうそれに、Vサキは今にも足を踏み入れんとしている。


もはや時間は無い。

焦りと性欲を燃料に頭がフル回転を始める。

この世に奇跡はないが、走馬灯はある。局所的な時間の伸び縮みは無に近いそれだとしても、処理速度を引き上げることで通常よりも密度の高い思考展開は可能だ。Vサキが現れてからのこのほんの10分程度の時間の中で何かヒントがないかと思いを巡らす。映像展開、一秒、二秒、魔法陣、三秒、秒速射精、四秒、おっぱい、ブーツ、五秒、魔法陣。


六秒。魔法陣。


魔方陣?…魔方陣!


ああ、そうか、これなら。

これならば不可能ではない。


「Vサキさん、笑わせるなよ」


「…は?」


まず口をついて出たのは挑発だった。Vサキがぴたりと足を止める。


「俺のマグナムはまさに今、復活したんだぜ。それをみすみす見逃して帰るというのが…果たして本当にサキュバスの…いやさ、ヴィクトリーの名を冠する誇り高きVサキさんのやることなのかい?」


身体は動かなくても口は動くぜと、無理やり笑みを作って告げる。


「あのさ、あまり調子に乗らないでよね。私が服を脱いだだけで出しちゃうような奇跡の早漏に今更なにができるというの?もう私はそろそろ帰ってネトフリで悪魔くんの続きでも見たいかなって気分なのよ」


軽くイラついたような口調だ。

それでも会話が続けばいい。先程の思い付きに穴はないか再点検するだけの時間が稼げる。


「それでもVサキさん、あんたは言っただろう。俺にはまだ一発分のチャンスがあると」


「確かに言ったよ。そしてサキュバスは必ず約束を守る。それじゃ最後にパンツでも見せて終わりにしようか?」


そしてさっさと終わりにしたいと言わんばかりの態度だ。ちょっと傷つく。


だが充分に時間は稼げた。

無理はない。そうだ。行ける、これならば。


夢が、叶う。


「いやそんなんじゃ満足できないな。だって俺は…アンタで童貞を捨てたいんだから、挿入しなけりゃ意味がない」


「だから…!」


「だから脱がないでいい。そのまま、アンタが服を着たまま俺は脱童貞を成し遂げる」


Vサキの顔が困惑に歪む。駆け引きというものがあるなら、今こそが勝機だ。


「ゲームのルールを設定した時に、Vサキさんは命令を聞いてやると言った」


「それは確かに言ったけど…」


「だよな、なら出来るよ。体を動かさないままでも、その魔法陣を使えば、俺にも脱童貞が」


深く息を吸い込んだ。


「Vサキさん。俺のマグナムに入口の魔法陣を、そしてアンタの膣内に、出口の魔法陣を描いてくれ」


Vサキはあまりにも訳が分からなかったのだろう、目を丸くしている。


「え…は?お、お前っ、あ、頭がおかしいんじゃないのか?」


そしてこれまでのキャラが全て壊れたように、完全に素でツッコミを入れている。


「おかしくないぜ、そしてこれは出来るはずだ。アンタがこの部屋に出現した時、空中に魔法陣が描かれていた。どういう仕組みか、詳しいところは分からない。だが手を使うことなく出口の魔方陣を作ることは明らかだ。ならあとは俺のマグナムの先っぽに入り口の魔方陣を作ってもらい、少し腰を突き出してやれば…」


「まさか…」


「そう、完全膣内射精は成立する…!」


いくら体が動かない、とは言っても腰を数センチ突き出すことくらいは何とか出来る。


これが俺の、最後の賭けだった。

世間一般の脱童貞とは大きく異なるかもしれない。


だが脱童貞とそうでないものを分ける最後の一線はどこにあるのかと言えば、やはり挿入、そしてゴムの有無を問わず膣内射精に他なるまい。


挿入(いれ)たか、挿入(いれ)ていないのか?

例え肌を重ね合わせてなかろうと、愛を語り合わなかろうと、そこさえクリア出来れば定義上の脱童貞は成立するのだ。


「さあいつまで待たせる気だ、ラスト一発。Vサキさんの膣内で…ぶちかまさせてもらおうか!」


これで決まりだ!そう思って意気込んだのだが、なにやらVサキの様子がおかしい。

戸惑いというか、どこか気まずげだ。


「確かにお前の言う通り、魔法陣を展開すれば出来るかもしれないけれど…普通に考えて体内に魔法陣を展開するって滅茶苦茶危ないでしょ」


「えっ」


「今のサキュバス界じゃ初期のウィザードリィ…つってもその若さじゃ分かんないかな、あー…世界樹の迷宮の元祖みたいなゲームが流行ってるんだけどさ」


急に何の話かと思ったが、世界樹の迷宮なら小学生の頃に遊んだ覚えがある。

自分で冒険者パーティを作って、ダンジョンを冒険するゲームだ。


「罠のひとつにマップのどこかに強制転移ってのがあるのよ。で、古いゲームだから通常入れない壁の中に転移させられることがあるのね。それはもう事実上の死というか、もうどうにもならない」


今どきのゲームなら即座にバグ扱いされてアプデで消されるような仕様である。


「何が言いたいかと言うと、出口の魔法陣を私の体内に設定することは出来るかもしれないけれど、本来は閉じ切っている部分に魔方陣なんか展開したら例えの壁の中みたいにめり込むに決まってるし、そんなの危なすぎるでしょ…って話」


「え…あ!?そ、そんな?そんなサキュバスなんていい加減な存在のくせに現実的な問題を…!?」


ここに来て!?マジで!?という気持ちで頭がいっぱいになる。


「いやーアイデアは良いと思うよ。イカれてるね。未来に生きてんなって思ったよ」


ケタケタとどこか楽しげに笑うVサキ。

かわいい。

だがそれどころではない。


「そんな…じゃ俺の脱童貞は…!?」


「まぁ〜無理だね」


ガガァンと音を立てるようにして心が折れる。流石のマイリトルサンシャインもすっかり元気を無くしている。


「でもまあ…」


そんな俺にVサキはニカリと笑った。


「少しばかり面白かったから、また来てもいいかなぁくらいには思ったよ。それまでに少しはその早漏を治しておいてね!じゃ!」


そう言うなり、魔方陣に飛び込む。

魔方陣はキラリと輝き消えていく。


後には俺の大惨事だけが残っていて、まあ掃除とか脱童貞とかできなかったことの諸々はあるのだけれど、それはそれとして何とはなしに爽やかな気持ちが残った。


「待ってるぞ…」


いつか必ず俺のサキュバスに、いやさ、Vサキさんに脱童貞を捧げるのだと、心に誓う。


「それじゃまずは…後片付けだな!」

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Vサキュバス @parliament9

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