第3話

「帰ります」


漫画であれば縦線がびっしり入っているかのような顔でうつむき気味にVサキは言った。


「待った!…いや!待って下さい!」


「無理でしょ。脱ぐはおろか、近寄っても暴発しかねないピーキー香燻(商品名)に一介のサキュバスが何をか出来ようか…?」


Vサキのテンションもだだ下がりなのか、口調もどこか儚げになっている。これはいけない、マジのトーンである。何やらぢーっと帰りの魔方陣らしきものも展開し始めている。マジでよくない。


「そんな、諦めるのが早すぎますよ!きっと二人で知恵を出し合えば何とかなる!そうです!いや仮にそうでなくても後生だ!この通り!もう少しだけ俺にチャンスを下さい!」


俺は必死で、フローリングに頭を擦りつけながら土下座した。19年の生涯で初めての土下座だ。


しかし!男の張りどころはここしかない!


「後生だ!後生なんです!これから先、俺がVサキさんのような美女とお近づきになれる機会なんて考えられないんです!だからどうかあとほんのちょっとだけのお慈悲をどうか御大将!おねげぇだァ〜っ!」


恥も外聞も、ついでにお隣近所にもはばかることなく全身全霊で拝み倒す。

そんなあまりにも哀れな俺の姿に流石に憐憫の情が湧いたのだろうか。Vサキは魔方陣の展開を止めてくれた。


「…わかった、わかったわ。わかったからとりあえず顔を上げて」


そうして諦めたかのように優しい言葉をかけてくれる。


「女神様…」


「いやサキュバスね。Vサキュバス」


完全に苦み走った顔だったが、俺には女神にしか見えなかった。


「いーわもう本当に、なんていうかあまりにもかわいそうだからチャンスをあげるわ」


そんな俺にVサキはびしっと指を突きつける。


「3発!3発分だけ最後に付き合ってあげる。ただしどうやって私の…えーっとアレ、アレね。言ったら暴発するから言わないけどわかるでしょ?アレに導くかはあなたが考えなさい」


「考えるとは…?」


「何でもいいわ。普通にまたがってほしいと言われれば従ってあげる。だけどそれだと私が脱いだ瞬間終わりでしょうね」


クスリと楽しげにVサキが笑う。

それはこれまでで一番、何というかサキュバスらしい妖艶さが感じられた。


「先ほど知恵を出し合えばと言ってたようだけど、そこまでは付き合えない。あなたはあなたの知恵だけで、私が脱いだだけで達してしまう条件の中、搾精を達成してみせるの。どう?少しは楽しいゲームになりそうじゃない?」


俺は唇を噛み締める。何とか譲歩を引き出せたとはいえ、呪われし力(超敏感力)に目覚めてしまった俺がどこまでできるのか?


いややるしかない、やるしかないんだ。

俺の輝きしき脱童貞を成し遂げるには…!


俺はケツイを新たに、Vサキュバスと向き合う。

(こっからがケンカだぞ!)


さて、まず今の俺と彼女の距離だがベッドと座椅子のいいところニメートル程度だ


腰の火種が告げている。


先ほどはこの距離から谷間+淫語+フェロモンのコンボで暴発したが、恐らくフェロモンだけであれば一メートル以内には近づける、しかしそれ以上は危険であると…。


しからば。


俺はハンドサインでTの形を取った。

Vサキも座椅子に腰掛けながらコクリと頷く。

許可を得た上で暴発領域に近づかぬよう、慎重にベランダへと向かい、ある物を持ち出す。


ベッドに戻った俺が手にするものを見て、Vサキはニヤリと笑う。


「なるほど、ベタだけれども効果的ね。その“洗濯ばさみ”は」


「フ…そうでしょう」(鼻声)


人類の尊厳のために出来るだけキリリとした顔を心がけたが、洗濯ばさみで鼻を挟んだヴィジュアルにどこまで抵抗出来ているかは極めて疑わしい。


ともあれこれでフェロモンの影響は防げるはずだ。すなわち一メートル以内への踏み込みが可能になる。


第一段階はクリア!


しかし問題はそこからである。

ステップとしてはこうだ。


フル脱衣

(初めて異性の前でブツを晒す興奮により暴発)


→発射体勢に移行

(初めて異性の上に覆いかぶさる興奮により暴発)


→Vサキの下着をパージ

(紛れもない興奮により暴発)


→セタップ(セットアップ)

(暴発)


→インサート

(大暴発)


いや暴発多いな。


ともあれ、残り三発としてもこれでは差し引き二発足りない計算になる。


この事態を見越して三発と区切ったのか?だとしたらとんだ策士だぜ…とVサキの様子を窺うが、いつの間にか俺の冷蔵庫から勝手に持ち出したとっておきのポン・デ・リングとドクターペッパーでくつろぎながらスマホいじってやがる。


「ん?ああ何かインターバル長いからいただいてるよ。しばらく手に入らなかったからおいしーわ、ポン・デ・リング」


そしてずびーっとペットボトルに雑に突っ込まれたストローからドクターペッパーが吸い上げられていく。


「ん~♪…けぷっ」


そこはかとなく、いやかなり満ち足りているように見える。

畜生、カワイイからって何をしても許されるわけじゃねぇんだぞ。夕飯代わりに取っておいたとっておきのポン・デ・リングを奪いやがって…とふつふつとした怒りが沸き上がるその時だった。


Vサキの舐め腐った発言に何かひっかかるものがあった。

ポン・デ・リング…ではなく、その少し前の…。


…アアッ!

そうだ、その手があった!


俺は脳内を駆け巡る革命的アイデアをシミュレート、問題ない、イケる!

これなら残弾数問題を…クリアできる!


「Vサキさん、いや…もといVサキ!」


「ん?」


俺は意趣返しとばかりにVサキへと指を突き付ける。


「アンタは人類を舐め過ぎた…実現不可能な搾精条件を出しておちょくったつもりだったろうが、甘かったな!」


「いやそっちがサキュ史に残るレベルのド早漏なだけでしょ」


「はうっ」


カッコ良くボルテージを高めていくつもりが急所を突かれてしまった。

しかしここからは勢いが大切なのだ!挫けている場合ではない!


鼻に洗濯ブラシを付けたまま、Vサキから一メートル手前の暴発領域ギリギリに立つ。

俺はそのままズボンとパンツにまとめて指をかけ、脱衣スタンバイに入った。


「…分かってると思うけど、残りは三発よ?これはゲームだからびた一発まからない。そこで脱いでも大丈夫なのかしら」


「いや、ダメだろうな」


「あっさり認めるのね…」


「でも、


「…?いったいなにを───」


戸惑うVサキが言い終わらないうちに、俺は一気に全てを引きずり落とし、イチモツを開放する!

物理的に高められていたボルテージにより、その切っ先は既に天を向いている!

そして予想通り、初めて異性の前にモノを晒した興奮により、ファースト・シューティングが放たれた!


「なッ!その距離で躊躇いなく貴重な一発を…!?」


「決して無駄にはならないさ!」


驚きの声を上げるVサキに笑いかけながら瞬間、跳躍。

座椅子にあおむけとなっていたVサキの上にまたがるようにして着地する!


「しかしこの距離まで来たのなら即暴発するはず…二発目が…な…何ッ!」


Vサキが再び驚きの声を上げる。それもそのはずだ。

超回復力を持つはずのマイグローリーサンシャインが…意気消沈しているのだから!


「エンペラータイム(賢者の時間)だよ!Vサキュバス!」


そう、異常なまでの超回復力とはいえ、事象が”回復”である限り、必ず休息(インターバル)を挟まなければ能力は発動出来ない!

ならばその隙にステップを進め、回復が発動するタイミングでインサートにもっていけばいいのだ!

これならば5発もいらない、たったの2発のステップで済むッ!


「考えたわね…」


Vサキは歯ぎしりをしているようだがもう遅い。


「悪いがこれで達成させてもらうぜ…夢にまで見た脱童貞をな!」


ここからは一分一秒も無駄に出来ない、逆に言えば!

一分一秒も無駄にしなければいけるのだ!

俺はトドメとばかりにVサキのスカートの中に両手を突っ込み、その下着に指をかける!


「──でも」


その瞬間だった。


「そこまでされたら、Vサキも少し、本気を魅せないとね…」


思念は伝達しない。それが常識だ。

音声は空気を媒介にするが、意思は何ものをも媒介に出来ることはない。

いくら心の中で叫んだところで、誰にも何も伝わることはない。

科学的に再現できないものは存在しないと結論づけるしかない。


だが、現実に思念は伝達する。


ふとゾッとして、振り返ってみると誰かが睨みつけていただとか、殺意や気迫といった概念が存在するように、ロジックが解明されていないだけで実際に人から人へと思いは伝わるのだ。


そして蛇に睨まれたカエルのように、


俺がその時感じたものはまさしくそれだった。


ふざけた美女の成りをした、人外の化物、人間の上位者による捕食意思。

Vサキの隻眼が輝き、燃え上がるようなぬくもりが、小細工の通用しないフェロモンが雪崩の如く、人の身では至り得ることのない、禁じられた魔のエロスとして俺に襲いかかったのだ!


そのあまりの刺激に思考が飛ぶ。


次の瞬間、俺はすさまじい力で背中からベッドへと叩きつけられていた!


「ぐはッ!」


何が起きたのか、頭が上手く働かない。


「…あ~ら~。少し本気を出しただけなのだけど、随分刺激が強かったみたいね」


Vサキが座椅子に寝転がったまま声をかけてくる。


「まさか自分の射精の勢いで体ごと吹き飛んでいく人間なんて、これまた初めて見たわよ」


「なにッ…!」


気が付けば一面が白い。これを…俺が?

自室はジェット噴射でも行われたかのような惨状だが、背中の痛みが事実を物語っていた。


「まあそれはそれとして、人間、これでゲームオーバーね」


ニヤニヤとしたまま、Vサキは続ける。


「残弾数は残り一発。頼みのインターバルも使えない。どうやら今回は───」


俺は指一本動かすことも出来ず、ただ睨みつけることしかできない。


「───縁がなかった、ということね」


大きく口を開け、人を嘲笑うその化物を。



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