第2話
すたりと床に足を下ろし、そのサキュバスは仁王立ちになって告げる。
「いたして…みませんか!?」
「少し、弱気になってる…?」
思わず突っ込んでしまった。
指摘されたVサキュバスは少し眉をひそめる。
「いや…反応によってどちらのキャラで行くか決めようかなって思って」
困り顔もまたかわいいなと思いながら、なんかこう思ってたのと違うなとも感じていた。
とりあえず気になったことを聞いてみる。
「そもそもその、Vサキュバスってなんですか…?明らかに実体ですよね…?」
Vサキ(略すことにした)はあれ?といった顔をして、それから近くにあった俺のゲーミング座椅子に腰を下ろして答えてくれた。
「いや流行ってるんでしょ?vtuberってやつ。人間界的に。水鏡で見たもんね。ちょっと前にそっちで流行ってたっぽいiなんちゃら的に、意味なくvってっついてんのかなって。じゃあ私もつけてみたいなって、なんかカッコいいし」
「カッコいいかは分かりませんが、vtuberのvはなんかそういうiなんちゃら的なものじゃないですよ」
「ウソだぁ〜。でもまあもし何か意味があったとしても私の見立てだとヴィクトリーのvが有力だよ。ね?カッコいーし、これにしようよ」
俺の頭に子供の頃に再放送で見た機動戦士Vガンダムが浮かんだ。主人公がやたら不憫なアニメだ。V2アサルトバスターはカッコいいけどそうではない。
「ええと、とりあえず俺に決定権はないし、多分これからもvtuberのvはバーチャルのままだと思います。というかそんなことよりも…」
バーチャルではないということであれば、これは実体の、マジ物のサキュバスということであり、ということはということは…!
と、アホな会話で遠ざかっていたムラムラの波動がメキメキと物理的にも蘇りつつあった。そんな俺のオーラを感じ取ったのか、Vサキもまたニヤリと笑う。
「フ…分かっているよ青年。君の想像の通りさね…」
また若干キャラが変わっていることは少し引っかかったが今はそれどころじゃなかった。
「して、頂けるンですか…!?搾精…!」
思わず声が上ずってしまう。気づけば正座で握りこぶしは膝だ。緊張のあまり自然とこんな姿勢を取っていたとは、俺にも日本男児の血が流れていたらしい。
Vサキはそんな俺の様子を座椅子のひじ掛けを使って頬杖を突きながらニヤニヤ眺めている。チラチラと見えそうで見えない塩梅に足を組み替えやがって。さっきまでアホ丸出しの会話をしていたとは思えない淫靡さを醸し出すな。などとこちらがさらにムラムラメキメキになっているうちに、Vサキの隻眼がキラリと光る。
「そうさ…!してあげよう、搾精をな!」
ドォン!
打ち上げ花火が炸裂したかのような爆発をその瞬間、俺は確かに感じた!良く分からんがとにかく奇跡が起きて俺はまさしく物語のような美女にいたしてもらえるのだ!その歓喜が体中を貫いたのだと魂で理解した!
そして、ん?と気がつく。
股間の辺りから匂い立つあまりにも嗅ぎ慣れたそれ…あまりにも不快な冷たさ…。
秒で気づく。
いや比喩ではなくマジで炸裂しておるやんけ!
「えっ、ちょっ…ちょっと待ってまだ何もしてないのに…!?」
流石の事態にVサキもキャラを忘れて戸惑っていた。
「というか話してだけなのに?ウソでしょ?サキスト(サキュバステキスト)にも載ってなかったよこんな事例!」
あわあわとしたVサキを見ながら何か物凄く申し訳ない気持ちになった。関係ないけれど、いつか大人になってエッチなお店に行って、頑張ってもらったのに至らなかった時はこんな気持ちになるのかなって思った。
そんなメンタル面とは裏腹に。
「ん…おおっ!」
Vサキが驚きの声を上げる。
マイリトルサンシャインは再びの夜明けを迎えていた。日々のお勤めにより鍛え上げられていた俺のマイリトルサンシャインは伊達ではなかったのだ!
「流石だねー、若さ故かな?驚きの回復力じゃん!」
褒めてもらって鼻も高い。不快感は残っているけれど、全て終わったら丁寧に洗濯すれば良いのさ、それだけのことさって思う。
「でも何かもったいないな〜。サキュバスの搾精はね。膣で受け止めないとダメなんだよね」
どこか申し訳なさそうに、Vサキに上目づかいで告げられたその言葉に。
「ち…膣で…!?」
ドォン!
さらりと含まれていたエッチなセンテンスにセカンド・インパクトが引き起こされた。いや無理もないよ。だってさりげなく作られた谷間をのぞき込みながら、そしてむせかえるようなサキュバスの芳香を吸い込みながらそんな直球投げ込まれてしまっては無理もないってもんだよ。こちとら年齢is童貞歴なんだぜ?
「えっウソでしょまた言葉だけで…?耐性とかないの…?」
Vサキから化け物を見るような目を向けられてしまった。何ということだ、むしろそっちの方が人間からすると化け物の類なのに…などと思っているうちに再び迎える夜明け。
二人の間に沈黙が流れる。
「いや違うんです。流石にこの回復力は中学生以来というか、自分でも信じられない。もしかしてこれはその、サキュバスの魔術的なあれでは…」
「あるかそんなもの」
よもやと思って聞いてみたが、ジト目であっさり切り捨てられてしまった。
どうやらこの異常なまでの回復力は俺のインサイドスキル(ライジング・ゴールドサン)だったらしい。それだけなら良かったのだが、問題は異常なまでの敏感力(ソフトタッチ・アアー)まで目覚めてしまったことであった。
「ま、でもいくら回復力がすさまじいとはいえ、打てる弾には限りがあるはずよね。もう、さっさと済ましちゃおうか?」
俺が自らの真の力に戸惑いを覚えているうちに、Vサキはそう言ってスカートに手をかけた。流石サキュバスだ。恥じらいとかそう言うのは一切無い…と思った矢先、その下着がチラリ見えかけた瞬間、俺は腰に火種を感じ取る。
「待って下さい!」
は?という顔をしてVサキの挙動が止まる。
「え?なに?したいんじゃないの?そんなにまで元気にしておいて今さら何を?」
「ごもっともですし、俺もいたしたいです。ただ…恐らく、あなたの下着をまるまる目にした瞬間、俺は出ます。既に兆候がある…!」
「ええっ…!?」
Vサキの顔が一段と厳しくなっていく。
「いやいやいや待って。その調子じゃ私が脱いだり、手を添えただけでも間違いなく暴発するよね。え?なに?どうしよう、目隠しして意識朦朧になるまでタコ殴りにした上でなら何とかイケるとかそういう話?」
そして困り顔で怖いことを言う。可愛いけれどやはり人外の存在なのだなと確信する。
「いや目隠しはともかく、流石にタコ殴りにされたらそれどころではなくなると思うので暴力は無しとして…」
きちんと断りを入れる。細腕の美女のように見えるが、サキュバスのパンチ力なんて未知数な訳で下手したら前が見えねえどころでは済まなくなる可能性がある以上勘弁して欲しかった。
「…極力手で触れる事無く、そしていやらしさを感じさせることなくジャックインしてもらいたいというところではありますね」
極めて冷静にこの事態の打開策を告げたつもりだったのだが、この時のVサキの顔を俺は生涯忘れることはないだろう。ネットでよく見かける宇宙猫を百倍に煎じ詰めたかのようなそれはそれは味わい深い顔であった。
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