第31話 031ゾンビ伝説12

 「おおー、キミが噂の神の使徒、お祓いババアか。ありがとう。そうかババさまがゾンビに届けてくれるか、この高級炭火珈琲を」


 「わしはほかに家族もおらんですから、たとえ三途の川を渡っても哀しむ者もおりません。最後にお世話になったこの店のために、何かお役に立つことができれば幸いですじゃ」


 「うんうん、ひとつ頼むよ、ババアの恩返しを。もし何かあったら安い線香のひとつも手向けるからな」


 命知らずのお祓いババア、死に装束も整えぬまま、作業着で死地に向かう。左手に清掃モップ、右手に高級炭火珈琲と自家漬けの胡瓜の漬物を添えて出陣した。


 ゾンビさまに近づくほどに強まる冷気さえも、生来の冷え性のため感じず、一気にゾンビの傍らに・・・・・


 「ゾンビさん、珈琲ですじゃ」


 「ほぉう、この店の高級炭火珈琲はなんと漬物付きなのか、ほぉう、なかなかではないか。で娘よ、そなたの名は?」


 「祓畏玉枝(はらいたまえ)ですじゃ。ナンマンダブ、ナンマンダブ」


 振り返るゾンビ、迷わず交わし合う目と目。ババアの目から死臭が流れ込み、長年患っていた体内に蓄積された胆石、腎臓結石、尿管結石、さらには歯石までもが、ゾンビの恐怖によりさらに硬度が強化され破砕された。


 ゾンビ先生、ババ自家製の漬物を炭火珈琲にしゃぶしゃぶと沈め、荘厳な香りと豊熟な味を一口楽しむ。


 「ほぉう、さすが高級と嘯く炭火珈琲、なんとなくは美味であるぞぉ。娘よ使いだて苦労であった」


 「あらあら、随分と手間がかかった珈琲ざぃます。ジャック先生のお気に召されて、よろしかったざぃますねぇ」


 凍てつき固まっていた店内の空気もほっと和らぎ、凍りついていた客も、全ての呪いから解き放たれ、両の手の平をしっかりと合わせ、泣きながら合掌していた。


 もちろん、ごるごとゾンビを除く全ての者たちが、前と後ろの緊張さえも解き放ったのは言うまでもない。


   店内のどこからか、日本の有名なクリスマス賛美歌『もろびとこぞりて』が流れ、厳かな香りとあたたかな心とが共に店内いっぱいに広がる。


 神が与え給うた平和の時に、賎しき魂のオーナーをはじめ、屍に埋もれた有事監視室からも、あの清き歌詞が流れ来る・・・・・


『久しく待ちにし 主は来ませり 主は来ませり 主は,主は来ませり』


 金多摩の黄金都市である立川に、突然起こった珈琲館の悲劇。今後も永く伝説として語り継がれるゾンビ伝説も、ようやく終わりを告げたようだ・・・・・



 伝説は続く・・・・・

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ごるご伝説 希藤俊 @kitoh910

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