第30話 ゾンビ伝説11

 「押忍、よろしければ少し高めですが、ブルジョワに好まれる炭火珈琲は如何っすか」


 葡萄の命がけで絞り出すような言の葉にも、オーナーの賎しい呪いがこもる。


 「ほぉう、おぬしは高めの炭火珈琲を薦めるのかね。このワシに」


 ソンビの声が錆びついた五寸釘のように、心に体に刺さる。心臓がキリキリと、脳みそがズキズキと痛む。


 三途の川の向こうから、亡者がおいでと手招きをしている。そして死神が腕を掴む。


 しかしここで譲れないのだ。一足先に旅立ったチーフの魂に、有事監視室で画面を見守る仲間たちの祈りに、さらには卑しきオーナーの穢れた魂に誓って・・・・・


 「ゾンビさま、うちの炭火珈琲は伊達に高いですが、香りも味も安めの方とほとんど同じに、作り上げております。押忍」


 「ほぉう、香りも味も変わらないなら、安い方の珈琲で良いのではないのか。それとも高い方ならこのワシが天国にでも行けると言うのかね・・・・・」


 「押忍、高い方の珈琲なら普通の皆さんなら、たぶん間違いなく天国に。しかしゾンビさまなら地獄の中でも、血の池地獄でごゆっくりされるなども可能かと」


 「ほぉう、ワシが血の池地獄でのんびりできるのかね、このワシが。それではこの世の土産に、その高級炭火珈琲をひとつ所望してみようではないか」


 「押忍、承知しやした」


 このほんの数十秒の命がけの戦いに、命の残り火を燃やし尽くした葡萄は、カウンターでオーダーを告げると同時に、二度と物言わぬ石に変わり空に旅立った。


 何とかゾンビのオーダーを聞き及んだものの、その高級炭火珈琲を誰か届けるのか次なる課題となった。


 「誰かこの高級炭火珈琲を、ソンビに見事届ける勇者はいないのか?ソンビの何が怖いのだ。ソンビが出てきてこんにちは、ゾンビと一緒にあそびましょ、という童謡もあるではないか」


 有事監視室に響き渡るオーナーの賎しき叫びにも、店員一同死んだふりでやり過ごす。


 その時である。有事監視室のドアが気高く開き、神の御光に似た輝きが室内を照らした。


 「心賎しきオーナーさま、もしよろしければ、この掃除パバが残り少ない命を賭けて、高級炭火珈琲のお届けを仕りますが・・・・・」


 ドアの影から後光を浴びながら登場したのは、この店の店員ではなく、この店の清掃を受け持つ祓畏給栄(はらいたまえ)であった。


 粉砂糖をまぶしたような見事な白髪に、小粋な手拭いで姉さん被り。その手拭いには、なんと『祓い給え、浄め給え』の神への祈りが黒々と墨書されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る