第27話 ゾンビ伝説8

 細身のメンソールを口元に運び、ジッポでせつない愛の炎を送る。天井に舞い上がる微睡みとくつろぎの紫煙、甘く軽いため息を添えて・・・・・


 店内の全ての客の目線が熱い。当然いつものことではあるが。


 ミッキーの時計が12時30分を示している。普段は滑らかに開閉するはずの入り口の自動ドアが、思わず軋み悲鳴を上げる。


 「ギッギギィー」と開きかけるドアの隙間から、禍々しい暗雲と恐怖が流れ込む。全てを凍りつかせる死臭が店内を漂う。


 若者たちの夢の桃源郷、スターが集うあの大都会の渋谷からヤツがやって来たのだ。悲鳴と恐怖を引き連れて・・・・・


 ドアの隙間から覗き込む、恐怖の闇をまとった異形の姿。ごるごを除く全ての客が、迸る絶叫を上げてヤツを迎える・・・・・


 無理もないが、中には恐怖のあまり既にたっぷりと脱糞している客さえいる。


 そう、この異形の者こそ、今日この珈琲館でごるごと待ち合わせているホラー小説界のジャック、洞好存美(ほらすきぞんび)先生なのだ。


 身長は180cmはあるであろう。体重は40kg弱と自称されてはいるが、どう見ても30kgほどではないかと見受けられる。


 ナイトメアのジャックスケリントンに酷似している容貌であるため、業界や世間ではゾンビや死神と間違えられることが多いのは頷ける。


 身体中の関節全てをカクカク揺らしながら、ごるごの向かいの席に崩れるように腰骨を下ろした。


 「ボンジュール、ジャック先生」 


 「待たせたかな、マドモアゼル」


 地の底から響く低く錆びついた声が、店内で客が楽しんでいた、全てのホットコーヒーを凍りつかせた。


 店内の全ての客が息を詰めて見守っている。神のお使いと地獄のゾンビ、異様な2体が今この珈琲館で遭遇したのだ。


 「まずは、これを渡しておこう」


 原稿が入っているのか、分厚い封筒をマドモアゼルに渡す。ゾンビ先生は締め切りに遅れなど無い。見た目は怖いが中身も厳しく怖いのだ。


 「あら、ありがとざぃます」


 封筒の中身の確認などは当然しない。ごるごとジャック先生の間には、酷暑の砂漠よりも暑い、いや厚い信頼関係が築かれていた。


 青く剃髪したチーフがジャック先生のオーダーを聞くために、首からニンニクをぶら下げ、十字架を握りしめながら二人のテーブルの横に立った。


 「ゾ、ゾ、ゾンビさま。オーダーは何にいたしましょうかざぃます?」


 止めようとしても止まらぬ身体の震えが、声にビブラートをかける。

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