第23話 ゾンビ伝説4

 いつものことだ、美しさが抱える大きな罪。ちょっと乱れた丸刈り頭を整える。


 サーモンピンクのタンクトップの下で、はちきれそうな大胸筋がピクつく。


 目線は軽く足元に落とす。突然目線を合わせると、相手が逝ってしまうから・・・・・


 「お嬢さま、何にいたしましょう?」


 若い店員の声が震えている。無理もない今まで見たことがないのだ。このような粋でセクシーな女性を。


 「スタ丼、肉増しよろしくざぃます!」


 蕩ける黒糖のように切なく甘く、凛とした声が店内に響く。


 店内にはフリーの4人の先客がいたが、もちろん彼女がドアを開けた時から、既に心を奪われていた。


 小さな前をふくらませながら・・・・・


 『スタ丼肉増し』の言の葉のどこに、魔術が隠されていたのかは不明であるが、そのボイスが耳に流れ込んだとき、店内の全ての者たちはたっぷりと失禁していた。


 まるで魔法にかかったように・・・・・


 「あの、お嬢さま、よろしかったらチケットを・・・・・」


 自販機で事前にチケット購入するシステムである。


 「あら、ごめんなさいざぃます。チケット買っていただけるかしら」


 4人席にヒップを落とし、軽く足を組む。純白のミニスカの奥が眩しい。


 ズボンの前を、しっかりと濡らしながら店員が近づく。


 ヴィトンダミエの財布から、千円札を細くしなやかな指ではさみ、スッと店員の前に差し出す。


 あくまでも目線は合わせずに。目線を合わせると、若い店員が逝ってしまうといけないから。


 「お嬢さま、お、お食事は何にいたしましょうか?」


 「スタ丼の肉増しざぃます。しかもタップリと肉増しでヨロピク」


 「承知しましたでざいます」


 「Un peu différent。ざいます、でなくて、ざぃます」


 「恐れ入りましてざぃます」


 「C'est OK、ざぃます。お釣りはあなたに、愛を込めて・・・・・」


 慌ててチケットを買いに走る店員。この店員、実はフランス留学の経験が有り、あまりにも彼女のセクシーなフランス訛りに、走りながら既に漏らしていた。


 フランス留学の若い店員がチケットを買い、スカした調理担当に泣きながら彼女のオーダーを告げる。


 ニンニクと醤油と豚バラ肉が、鍋の中でひとつに融合しながら香り立つ。


 たまらない、この店にたどり着いた幸運な客たちは、この香りに人生の全ての辛さや哀しみさえも忘れ、カウンターで、テーブルで泣いて待つのだ。

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