第15話 伝説すだれることなし2

 小さな息子の粋な俳句はさておき、元五郎は無類の風呂好きであった。特に露天風呂は大好きであり、湯の中で大も小もさりげなく漏らすほどである。


 妻はいないようだ。実は元五郎の息子が小さかったことがその原因であると、まことしやかに伝えられている。


 元五郎には、ただひとり弟子がいたと徒然草に記されている。たしか男性であり才能に溢れ、いずれは元五郎の名を継ぐものと期待されていた。


 しかしその弟子の髪は毛ボウにして、けっしてすだれず、また「師匠に息子さんはいらっしゃるのですか?」とファンの女性に聞かれた際に「めっきり小さな息子ならいます」と答えたことが、元五郎の逆鱗に触れ破門となったとも言われている。


 ある冬の晴れた日であった。冬の陽射しが穏やかに降り注ぐ公園のベンチ、ヤツが無心に何かを彫っていた。


 強面であるがピュアである。マッチョであるがスウィートである。ファッショナブルでミステリアス。


 黒薔薇のミニTシャツに向日葵色のミニスカ。さりげなく開いた両腿の間から、漆黒のTバックがのぞいている。虹色のピンヒールが陽射しに輝いている。


 ヤツである。誰が見てもヤツだと断言できる。木片を握り小刀を巧みに操り彫りこんでいく。木屑がまるで花弁のように美しく宙を舞う。


 たぶん仏像であろうか?

 いやそれとも女人の像であろうか?


 少しずつ形が明らかになってくる。像の頭部が左右不対象である。左側にやたら量感がある。髪のようである。左すだれの像である。


 まるで生きているかのようである。いまにも動き出すのではないかと思わせる。精緻にして豪快な人物像が完成した。そう天才彫師のあの元五郎の像である。


 なぜヤツが天才彫師の元五郎を知っているのかは、賢明な皆さんのご推察にお任せしたい。


 ヤツは丸刈りである。けっして髪を伸ばすことはない。まるで髪がすだれないことを恐怖するように・・・・・


 左から右に首を鋭くくいっと振った。目に見えぬすだれ髪が宙を舞い頭頂部を見事に覆う。あの伝説の髪技、幻の『必殺被り髪』


 これを想像し得た者は、闇の語り部の私のみであろう。


 しばらくの無言の時が流れ、太陽が静かにその身を隠そうとしていた。赤い夕陽が誰も座る者がいない寂しげなベンチを、静かに照らしていた。


 小さな息子を得意気に屹立させた、あの男の姿、元五郎の像のみ残して・・・・・


 現代にも生きる伝説として語り継がれる天才彫刻師『すだれ元五郎』


 髪すだれても、

 伝説すだれることなし・・・・・



 伝説は続く・・・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る