第14話 伝説すだれることなし1
歴史の地である日光の常連・事情通のみが知る東照宮のどこかにあるという『居眠り猫』の彫物
見る者全てをノンレム睡眠状態に誘い、『居眠り猫』の前には常に熟睡者が溢れ、最近ではほぼ100セットの寝具が並べられると聞く。
彫りたる者、天才彫刻師『すだれ元五郎』の作と伝えられている。全国に様々な秀作を残した伝説の彫り師である。
その者の髪見事にすだれ、そよ風にさえパタパタとはためく『すだれ髪の天才、元五郎』。姓は私も知らない。敬愛の念を込めて人は彼をこう呼ぶ『すだれ元五郎』と・・・・・
すだれが何処で生まれ、そしていつの時代を生きたのか詳細を知る者はいない。僅かに口伝に語り継がれた物語のみが、すだれの生き様を現世に伝説として残されているだけである。
今日はこのすだれの伝説とヤツの関係について、あなたにだけこっそりお話しておこうと考えている。
私?私は神代の時代から世界でただひとり。闇の世界を知る『闇の語り部』と呼ばれている。
ある冬の晴れた日のことであった。多摩と呼ばれる片田舎の出で湯での出来事である。
キンと冷えた空気の中、湯からすっくと立ち上がった男あり。白く湯気が立ち上る筋骨逞しい体は赤く上気していた。
熱い湯粒を弾く引き締まった褐色の肌。小さな息子さえ凍える寒風の中、毅然と屹立していた。
洗い上がりの髪は頭頂部の片端のみから、ずるりと垂れ下がっている。俗称『すだれ髪』、実に見事にすだれていた。
左ききの元五郎に合わせてか左側頭部からの左すだれであった。首を左から右にくいっと鋭く振る。
きらきらと水滴を輝かせて、すだれが右へと宙を舞いパシッと頭頂部を覆う。まるで簾のごとく頭部全体を隠し、被り髪へと変身する。
手のひらでパンパンと頬を叩き気合いを入れる。その間手拭いはもちろん首にかけたままである。
前などけっして隠したりはしない、男はそういうものなのだ。めっきり小さな息子さえ威風堂々と周りを威圧している。
この目立たない彼こそ元五郎その人であり、湯客で知る者などいない。
「湯上がりや 大きな息子 赤い顔」などと
軽く見栄を張りながら脱衣場に向かった。さすが天才、俳句さえ秀逸である。
ちなみにこの句の季語は『息子』である。袋の中からちょっこり顔をのぞかせた様が、まるで木の芽が顔を出す春を思わせ、誰もがこれは春の季語と認めるところである。
『赤い顔』では、息子が袋から顔を出すのを恥ずかしがっている様と、たっぷり湯で温まり上気した肌の赤さを見事に重ねている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます