第7話 五人抜き
その場には、一件落着の雰囲気があった。
駅員が到着すると気絶したままの小太り男は肩を担がれ、連れて行かれた。
事情を聞かせて欲しいということで、コウジもミホを介抱しながら後に続いた。
「あの~」
そう言って河童がこちらを見てくる。
「なにか?」
俺がカパカパ言うと、河童は熱い視線を向けてくる。
「あの時、尻子玉を一瞬で抜きましたよね?」
「……ほお、アレを見たか」
この河童、いい目をしている。
「やっぱり!」
ひときわ大きな声を出すと、慌ててくちばしに手を当てる。
目をキョロキョロさせて周囲を窺うと、そっと近づいて来た。
「だ、大丈夫です。このことは他の誰にも言いません」
ヒソヒソと声をひそめる。
別に口止めするつもりはなかったが、本人がそう言うならありがたい。
俺は大きくうなずいた。
「あの、もしよかったらお名前、聞かせてもらってもいいでしょうか」
「渡良瀬カッペーだ」
「やっぱり!」
またしても大きな声を上げるが、今度は嬉しさを隠そうとしなかった。
「僕、ファンなんです」
「ファン? ああ、師匠のか?」
「もちろん、お師匠様の河童国宝、渡良瀬ガッペ様も尊敬していますが、一番弟子のカッペーさんのことも尊敬しています。妖チューブの五人抜き動画、どうして削除したんですか? あれ、とっても好きだったのに!」
「……昔の話だ」
まだ、あのときの動画を知っている者がいたとは。
早めに削除して正解だったな。
若い頃はどうしても粋がるものだ。
師匠のガッペに乗せられて、一気に五人から尻子玉を抜く動画をアップしたことがある。
おかげで道場は繁盛したが、俺にとっては黒歴史だ。
警笛を鳴らし電車が入ってくる。
「あの! 握手してもらっていいですか」
「ああ、構わない」
差し出された手に俺の手を合わせる。
互いのぬめりが合わさって、更にぬめる。
俺は河童に背を向け片手を上げると、電車に乗り込む。
ドアが閉まっても、河童は甲羅を前に抱えたまま、ホームから熱っぽい視線を送ってくる。
電車は徐々に動き出した。
少々ケツがむず痒い。
しかし、尊敬を表に出されるのは悪くない。
窓の外に映る景色は流れていった。
ところで、あの河童は電車に乗らなくてよかったのだろうか。
完全に遅刻だと思うのだが。
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