ミシェル夜 ,帝王 /1


───わたくしは屋根のある場所から、その景色を眺めていた。


「ほんと、不気味だわ、アレ」


 夜にうごめく、白いミイラの巨人って感じね。

 でもどうやったらあんな風になるのかしら。

 愚王のブレイン、その思考が曲がったせいかしら?

 でも、だからといってあんな姿になる理由が分からないわ。

 ま、考えても分からないことは仕方ないわよね。

 それに、あんなのに愚兵共を向かわせたって、意味ないわ。


 愚王も必死ね……心あらずって感じなのに。

 自らが実行した研究が、その結果なんだもの。

 愚王がこの世界に転移してきて、何があったのかは知らないけど、私が転移してきた時には、ああじゃなかった。結果はまさにあの姿なんだけど。


 ──愚王は言っていたわね、協力してほしいと。

 能力として有していた結晶を操る力と、ロジック論理詠唱法を使った自らの複写体を創造する試み。その実験。

 ……結果は失敗。

 分離したブレインコア思考と、ドッペルコピーとなった。

 

 結果は失敗だったけれど、その過程で、私がキーだと喜んでいたわね。

 私はその知識を認められたから、ミシェルの王女となった。

 その対価は、愚王が差し出した数多もの結晶。

 私はその中から三つ選び、私が思うままの守護者を創造した。

 

 今でも思うけど、愚王は自らの複写体を作って何がしたかったのかしら?

 でもあれじゃあ、もうどうにもならないわね。


 わたくしは腕を組み見据える、はるか彼方を。

 もしあんなのがこの街へ到達したら、ひとたまりもないわ。


「だから、わたくしのために頑張ってほしいのだけれど?」 


───庭園に、ほのかなジャスミンが香る。


 そしてもう一度、春の闇を見つめた───


***


 ミシェルと各エリアを分断する巨大な運河はラベンダー色。

 天は漆黒の闇に覆われ、雷雲が広がっている。

 激しい雷鳴のとどろきと暴風と降雨。


 ──そしてミシェルを目指す、亜人のような形をした存在があった。

 ミシェルの塔、その三角屋根より高い位置にある黒い頭部。

 曲がったブレインと融合した亜人(フォルボス)。

 亜人が大股で歩くたび、地を揺らし、大河が波打つ。

 誰が見ても、それはまるで、異質な巨人だと認識するほどの禍々しさであった。

 大気をも震わすノイズのような声は言った。


「スバラシイ、スバラシイ、コレガマコトノサトリナノデスネ。アア──ミテクダサイヨ、コノチカラヲ! サア、チマツリノファンファーレヲ! カナデマショウ! ドコ二イルノデスカ、キーヨ?」

 

 ミシェルの街、その外壁を越えたその先の空には、2つの色が空を彩る。

 亜人を目指すその姿。比較すれば、まるで豆粒のように小さい。


 白い馬──空を駆ける賢者の騎士、ティアナ。

 赤い鳥──天を切る不死鳥、フィーニックス。


 その2つの色は、まるで闇夜を裂く2色の平行線のように、亜人へと疾走している。

 フィーニックスの背に乗る風宮は、詠唱した───。


モーメントを付与するリングを創造──キログラムフォース質量(kg)×重力(f)重力加速度9、8N/㎡は100倍を選定──展開!!」

 

 ──きりりと、弓が反る。──タァン。

 土色のサークルを介し、その矢は亜人の眼を軽々と射抜く。

 ……だが、亜人はピクりとも反応しない。

 なぜならその亜人にとっては、風宮の放つ矢は米粒にも等しいからである。

 フィーニックスは風宮に言った。 


「門十郎、さすがにあんたの弓でも、全然効いちゃいないようだね。そのロジックで強化した矢でも駄目ってことは、つまりそういうことだよ」


 門十郎は肩を落とす。


「俺は……くそっ! サイズが違いすぎるんだ……何か手はないか……」

「もう十分さ。門十郎、あんたには色々と教えてもらったし。あとはあたいらに任せときな。そら、下に降りるよ! セージ・ナイトさんも、無茶するんじゃないよ! あんたが召されたら、王女様は悲しむんだよ!」


 ティアナは騎乗したまま、矛を構えた。


「大丈夫です。フィーニックス、モンジュウロウを安全な場所へ」

「あいよ、ちょっとだけ待っとくんだねぇ───」


 フィーニックスは両翼を広げ、地上へと降下した───


***


───さっきのティアナ、雰囲気が違ったね。


 ミルフィの矛を持っていたから、いや違う。

 なんだろうね~、まぁいいや。

 ひとまず門十郎を安全な場所へ降ろさねぇとな。

 ……さっきから黙ったままだねぇ、どうしたんだい?

 だから、あたいは言った。

  

「なんだい門十郎、落ち込んでんのかい?」

「……いや、考えているんだ。俺でも戦える、いい方法を」

「そうかい。じゃあ期待してるよ」

「……あぁ」


 なんて諦めの悪い性格っていうか、負けず嫌いなのかい?

 あのフォルボスはそこらへんの巨人よりも何倍も大きい。

 ボディは岩みたく硬いし、矢も弾かれていたしね。

 ゆいつ柔らかそうだったあの金色の目だって、パスりとも言わなかった。

 むしろ雲を貫通するように、後頭部から矢が抜けていってたね。

 ……それに思考だって、もっとイカれちまった。


 あたいは亜人の進行ルートから外れた場所、草原の上に門十郎を降ろした。

 屋根はないけど、まぁ我慢してくれよな。

 きっと……ミシェルより安全だからさ。


「ここで待ってなよ、終わったら迎えにくる」


 門十郎は思い悩むように、真剣な表情をしている。

 なんだい……考えるとそんな顔するのかい?

 いつもと全然違うねぇ、ちょっと男前だよ。


「……なぁユマ、この世界に大砲ってないのか?」

「なんだい? そんなのはないよ。そんなことより、川に落下しないようになぁ~」 


 そう言うと、あたいは巨人に向かって飛び立った。


 *

 

「サア、ファンファーレヲナラシマショウ。サア、チマツリニ!」


 なんて耳障りな雑音なんだい、壊れたスピーカより酷いね。

 ティアナは馬から飛び降りると、巨人の右肩から手の先にかけて急降下。

 矛を振るい、この巨人に斬りかかる。

 

Lanze槍は kurve曲線の wind


 緑色の魔法陣──なめらかな弧を描く斬撃。

 金属が猛烈な勢いで摩擦音を鳴らしてるね。

 ……でも、火花が散って弾かれてる。

 ──確かにあのスピードは凄いけどさ、その本質は剣。

 こいつの皮膚に、傷程度しかついてないようだね。

 ……でも、ミシェルに行かせたくはないねぇ。

 あたいも一応、もと守護者だしなぁ!


 両翼を広げ、魔法を詠唱する。

 

Köper体に Fiamma火炎の kraft tornado竜巻


 蛇行しながら巨人の太腿を燃やしてみるも、まったく効果がないねぇ。

 なんだいこいつは、まるで、魔法が効かないみたいだよ。

 巨人の体を這うように垂直飛行、顔面を横切った時、突然目がくらんだ。

 ──なんだいこりゃっ!? 

 次の瞬間、バチンと音が鳴ったかと思うと、あたいは吹っ飛ばされた。

 

 身体に、激痛が駆けめぐった───


*** 


───「フィーニックス!?」


 フィーニックスはジャイアントの右手一振りで、吹っ飛ばされてしまった。それはまるで、虫でも振り払うかのように。

 魔人め……なんでしょうか、今の光は。

 このジャイアントの目から、放射状に放たれた閃光。

 私も視界を失いかけた、あの光……魔法なのでしょうか?

 いや、でも魔法陣は出ていなかった。じゃあなぜ?


「スバラシイ! ファンファーレヲ! スバラシイ! キーヲチマツリニ!」

 

 壊れたような声……あなたは、ほんとに王なのですか?

 私はもう一度矛を構え、垂れた左手から、頭上の右手へと飛び移る。

 詠唱──「Achse richtung方向へ Beschleunigung加速

 

 矛を突き立て、幾度も薙ぎ払い、右肩を目指す。

 ……まるで効いてる気がしない。

 でも、負けるわけにはいかない!

 ミシェル様に託されたこの矛で──切り開いて見せる。

 守り抜いてみせる──民を、王女陛下を!

 魔人の右肩へと到達。──くる、あの閃光が!


 私は一つ眼に背を向け、その場から飛び降りた。

 視界がフラッシュするかのような点滅。

 詠唱──「Luft大気を töten斬る  wind風よ

 矛を振るい、雨ごと空を斬る。

 ブンッ──私の前方に発生した風は、体を後ろに押し戻した。

 振り返ると同時に、眼に矛を突き立てる。

 手応えがない……魔人の目が金色に灯る。

 ヴウゥンと音が鳴り、ガチャリッと音が鳴った───。


ジジノイズ音──ヘルゼーエン千里眼


 ──この金色の光は……身体が───動かない!?

 魔人の両手が、左右に……押しつぶされる!?

 そんな……こんな、こんなことが───

 エルリエ様……モンジュウロウ……。


 バチンッ──と音が鳴った。

 

 

 


 

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る