エリア「 」,弓使い /2

───抱きかかえたティアナの頭を、そっと撫でた。


 所有者に魂を抜かれ、人形になってしまった存在。

 その殻は本物なのに、まるで心だけが消滅してしまったかのようだわ。

 ……なんて、切ない寝顔なのかしら。


───勢いのある、風が吹いた。


 庭園から頭上を見上げれば、春の闇がそこにあった。

 星なんてないし、月の明かりすらない。


「でも、とても綺麗だわ」


 それはほのかに光を灯らせ、降り注ぐ流星。──結晶。

 そう、彼はやっぱり曲げたのね。

 スーパーヒーローって、とっても素敵ね。


「うふふ、なんて純粋な心なのかしら。そんな彼が、王になるわけがないじゃない。あんな少年みたいな彼が、権威を求めると思って? 理屈や道理の理解にたけているからといって、誰もが損得勘定そんとくかんじょうで物事を計算出来るとは限らないわ。バカね、人の心は機械じゃないわ」


〝門十郎は、転生者フォルボスが持つ能力を見事に捻じ曲げた〟 


 ヒュン──と、風を切り、一つの星が降りてきた。

 まるで境界線を越えた矢風のように、真っ直ぐと。

 瞬きの間に、それはティアナの身体へと触れ、溶けていく。


「うふふ、お帰りなさい」


 そして命が、今度は真の命として再び灯る。

 例え創造された肉体であっても、殻に価値なんてない。

 大事なのは───。

 ───ピクりと、ティアナの耳が動いた。

 目を開いた途端、跳ねるように飛び上がった。


「も、申し訳ございません───」


「いいのよ、ティアナは儚い夢を見ていたのだから。それは通常あり得ない理屈で、原理で宿した命を、もう一度その身に宿したの。門十郎のおかげでね、なんでかわかる?」


「お言葉ですが……意味が分かりません……」


「うふふ、そうよね~。じゃああの場所を見てごらんなさい。空は真っ暗で、星ひとつないのに。あそこ、燃えてるでしょ?」


「あれは……まさか、フィーニックス不死鳥!?」


 緋色が弧を描くように、燃えていた。

 暗雲を散らし、ブレインを守っていたワイバーン飛竜と戦っている。

 鳥のような火炎の身体、銀色の尾をなびかせ、闇を燃やしている。

 

───ねえ由真、言った通りでしょ?

 

 私はあのとき、由真に真実を伝えた。 

 どこまで理解したかは知らないけど、転移者としての記憶を取り戻したければ、愚王のブレインを破壊するしかないとも伝えた。

 そして、それが出来るのは門十郎しかいないと。 


〝でもそれは能力じゃない、性格って意味なのだけれど?〟


 キー、より優れた知識を持つ転移者。

 ──確か愚王はそう言ってたわね、でも私にはわからないわ。

 だって、その線引きはどこでするのか、わからないもの。

 何を基準にキーだのと言っているのか、教えてほしいのだけれど? 


「それにしても速く飛ぶわね、門十郎が射るあの矢って」


 彼が持つ弓には、もともとロジックの原理があったってことなのね。

 なんだか、背中の弓使いさん、はりきっているみたいだわ。 

 うふふ。スーパーヒーローになりきっているのかしら?


 確か、ボウ・マンって名前だったかしら───


 * * *


───それは風宮門十郎が心に宿す、ヒーローの名である。

   フィーニックスの背に乗り、風宮は叫んだ。

 

「俺はスーパーヒーロ、ボウ・マンだ! 行くぞユマ!」


「あっはっは! いいねぇ~そらいくよ、門十郎!!」


 ◇ 


 夜の闇が途方に広がる、カラス色の空。

 飛び交う飛竜ワイバーン──その数は百匹。


 その群れに囲われた中央に、天を燃やす不死鳥の姿があった。

 その背には、大きく弓を反らす風宮の姿があった。

 風宮は弓を構え、詠唱する。


モーメントを付与するリングを創造──キログラムフォース質量(kg)×重力(f)重力加速度9、8N/㎡は100倍を選定──展開!!」


 ガチャンッと音が鳴り、ヴゥウンと電子音が鳴る。

 土色のリングが多数出現。

 弓の側面は茶色く灯り、きりりと和弓が軋んだ。

 三日月のように反り、矢の先はリングを狙う。

 ビュンッ──と飛び出す矢は、リーフグリーンを射抜く。


 おぉーーーーーーん。


 超越した速度で飛ぶ矢は、次々とワイバーンを絶命させていく。

 同時に甲高くも乾いたツルの音が響いた。

 9──10──と、まるで共鳴するかのように天を駆ける。

 風宮は右手で筒を持ち。前方に突き出した。


───「プファイルPfeil!」

 

 手に持つ筒は茶色に灯り、それは集まる。

 スパンッ──と飛竜を射抜きながらも集まった10本の矢。

 風宮はそれを腰に添え、二本の矢を抜いた。

 弓を構え、ユマに叫んだ。


「近寄ってくるこの鳥は俺が射ち落とす、ユマは飛んでくれ!」


「はん、偉そうに言ってくれるねぇ~。でも、門十郎のそういうところ、嫌いじゃないよ!」


 フィーニックスは、緋色の弧を描いた───


 * * *


───ったく、門十郎のやつ、なんか燃えてんなぁ。


 まぁでも、おかげであたいもこの姿に戻れた、記憶も戻った。

 門十郎に感謝しなきゃな、まぁそれより。

 タァン──と聞こえてくるこの音、あのワイバーンを一発で射抜くとはね。

 確かに、弓の腕は確かだね。

 ちょっと甘く見てたよ、弓使ってこんなに強いんだねぇ~。

 あの短時間で五十体くらい倒したかい、こりゃ~ある意味化け物だね。


「門十郎! あたいの背にしがみついてな、大丈夫、その服なら燃えやしないさ──」


「──なに!? ちょっとお前──うおぉぉ!?」


 両翼を広げ、暗雲を突き抜けた。──空が暗いね。

 ……でも、涼しい風だね。 

 宙を返り、降下しつつ詠唱───。


Fiamma火炎の kraft力よ flügel翼を kugel弾丸のように sturmangriff突進


 ヴォン──と現れた赤い魔法陣、それをくぐった。

 身体の熱量が何倍にも増し、モクモクと広がる雲は蒸発。


「あたいはフィーニックス不死鳥、燃えなぁ!!」


 おぉーーーーーん。


 20──25──あたいの両翼で真っ二つになったそれは、もはや黒焦げどころじゃない。

 骨すら燃やす、あたいの気持ちだよ。


「そらそら、どんどんいくよ!!」


 燃焼、焼却、ま、なんだっていいか。

 あたいはスピードを落とし、門十郎に言った。


「あっはっは! ちょっとビビりすぎやしないかい? そんなに強く掴まれたら、毛が抜けちまうじゃないかい」


「いやいやいや、あれは無茶だろ! これでも熱いの我慢してんだぞ、下手すりゃ燃える!」


「大丈夫だって言ってんのにな~。あたいの背中だよ? 何にも唱えてなけりぁ、ただの赤い毛だよ、ま、心配すんな! 燃えたら燃えただ、はっはっは!」


「俺を燃やしたらマジ許さん!」


「あっはっは、いいじゃないか。残りは門十郎がやっちまいなよ、ゆっくり飛んでやるからさ~その弓道ってやつの実力を見せてくれよ」


「なに? まぁいいだろう……いいか、絶対落とすなよ! 絶対にだ!」


「うるさいね~わかってるって!」


「よし、詠唱───」


 ものすごい速さで矢が飛んで、ワイバーンを次々と射ぬいていく。

 矢を射るたびになる、高い音色、なんだろね、カッコいいじゃないか。

 ……でもあんがとよ、門十郎。おかげで昔を思い出せた。

 ──由真ユマという少女を、心を。

 あたいは元の世界に戻りたいって思ってた。

 この世界スマホないし、それに毎日が暇だったし。

 でもなんでかねぇ~元の世界に戻ったってさ、何する?

 ……なんか不思議だね、門十郎。


「おいユマ! 今度はあっちに飛んでくれ!」


「ほんと偉そうだねぇ、そんなに弓を引くのが楽しいかい? あんた今殺戮マシーンなんだよ、わかってる?」


「わかってるさ。でもな、俺はいま嬉しいんだよ。最初、エリアⅡでユマと出会った時、助けたいと思ったのは事実だ。嘘じゃない。

 そして今はこうして、本当に楽しそうに話すユマはカッコいいし、これで良かったって思ってる。それにこの鳥はあのイカれ科学者の創造した存在、恨みはないが、ほっとくとこっちが召される。それは嫌だ、じゃあ戦うしかない。それだけだ」


「へぇ~なるほどね」


「だからユマ、お前は死なせない。このボウ・マンが守る!」


「あっはっは! あんたそれ、言ってみたかっただけだろぉ?」


「え、いや。そんなことないぞ───」


「ほらほら、戦わないと召されるぜ?」


「な……くそっ。うおぉぉぉぉ!!」


 矢が音を鳴らして飛んでいく、それはまるで迷いなんかないように。

 タンッ──タン──ッとワイバーンを射抜く。

 そうだね、門十郎。

 その武器さ、あんたに似合ってるよ。

 あたいは両翼を広げ、飛んだ。

 

 *


    ──そして、お腹がピリリってこそばゆい。

      んあ、セージ・ナイト賢者の騎士かい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る