エリアⅢ,騎士 /2
閃光と錯覚するほどの速さで、ティアナは大森林を駆ける。
魔法により向上した瞬発力は地を駆け、泉を越え、樹を蹴る。
めまぐるしい速度で、ミルフィとの距離を積めていく。
「どこから……きますの……?」
ミルフィは音もなく矛を構え持ち、藤色のローブは静止した。
頭上にある耳をピクリと動かし、矛の先を前方に突き出す。
───緑色の魔法陣が出現、か細い声で詠唱する
「
ミルフィは、たんっ──と地を蹴った。
キィンッ──と、金属同士が交わる音が鳴る。
ミルフィは瞬きすらしない瞳を。
ティアナは鋭い瞳を。
彼女達の視線が、至近距離で交差した。
「殺して……あげますの……」
「私は負けません、リベルツィオーネ!!」
金属の音が鳴るたび、不規則に吹く突風が葉を散らす。
泉の表面には、せわしく
ティアナは二本の短剣を逆手にもち、腰を落とした───
* * *
───なぜ、モンジュウロウとあんな約束をしてしまったのでしょう。
この人には勝てる気がしないと、思っていたからでしょうか。
……いや、そんなことを考えるのはあとです。
ミルフィがここにいるということは、おそらくエリアⅠにも
おそらく、私がモンジュウロウの護衛役だと気がついている。
だからこそ、確実に引きはがすためにこの人が来たのでしょう。
でも負けるわけにはいかない、セージ・ナイトの誇りにかけて。
円を描き魔法を詠唱──ブォンと音が鳴り、緑色の魔法陣が出現。
「
魔法陣をくぐり──所定の方向に超加速する。
視えるのは色とラインのみだけ、首を狙う──。
──ミルフィは後方に移動、でしたら、側面から切り込みます。
私は後ろに両手を伸ばし、地を蹴り──樹を右足で蹴りとばす。
軋むような音を鳴らしてから、ミルフィとの距離を積めた。
──視えました。
「ラベンダー色のローブ!」
「みえて……ますのよ……?」
キィンと鳴る、矛と剣の擦れるが聴こえて、頬に汗がつたう。
……遠く感じるこの距離を、どうしても詰めれない。
反響する乾いた金属音、 身を切り裂くような風を感じて。
それでも届かない、本能が勝てないと認識してしまう私がいる。
───瞬きの必要がないほど、余裕なのでしょうか?。
この人は顔色一つ変えず、冷めきった人形のようなそんな視線を、心ではあざ笑うかのように、渾身を使った私の剣技を弾く。
その技術は本物なのに……なんで──なんでですか。
「なんでですかぁぁ──ミルフィ!!」
「くすっ……殺して……あげますの!」
───ガンッと、胸のプレート部に衝撃を受けた。
私の体は蹴り飛ばされ、ミルフィは矛を突き出した。
「
詠唱陣を越え、不規則な筋による槍の雨──私は必死に防いだ。
感情的になりすぎたことを後悔している暇なんてない。
まだなんとか受け流せる───いや、流してみせる。
「クスッ……死にましたの…? ──
「なっ──黒い魔法陣!?」
突如現れた黒い魔法陣、いや、リングのような形状。
……おかしい。こんな色も、形状も存在しないはず。
それに重複して詠唱が可能だなんて、ありえない。
もうワンテンポ速くなるというのですか?
分かっているのに、体の動きが追いついてくれなかった。
───矛の動きが目で追えなくなったあと、金属板が裂ける音が鳴った。
「───っつああああぁぁぁぁ」
──激痛と共に、右肩から血が吹いた。
目まいがするほどの痛みに、私はギリッと歯を食いしばった。
かなり深くいった、でも治癒魔法を詠唱をする時間なんて。
……またミルフィと視線があった。
それでも、瞬きすらしないその瞳に、感情は無かった。
〝おぉーーーーーーーん〟
「その声、マーメイド!?」
「………邪魔した……ですの」
私の目の前を通過する蛇のような体、ミルフィと分断された。
──なぜ、なぜなのですメイゾウ、無謀なのですよ?
あなたは消滅すれば結界が消えてしまうのですよ?
それに、その巨体を駆使しても、ミルフィの速度を捉えることなんて不可能なはずです。
……だから小さな泉しかないこの場所で戦う事を選んだのに。
傷口を抑えつつ、もどかしい気持ちをぶつけるように、私は叫んだ。
「なぜですマーメイド!? 貴方は──」
「カッコつけるでないわ、青臭い小娘が。一人で戦い、この化け物に勝てる気でおったのか? 恥を知るが良い。己が技量を見定めることも時には必要であることを忘れたか。感情に揺さぶられ、成すべきことを見失うとは、だからお主は真なるローレインと名乗れぬのだ」
「な──」
ブンッ──と、風が鳴ったあと、私は確かに見た。
金属質の巨体が裂け、切り口から噴き出す紅い血を──。
──蒼い空を背に、ローブが大きくひるがえっていた。
その下は私と同じ衣装……セージ・ナイトのみ認められた衣装だった。
「小娘は傷を治癒し、ミシェルへと戻るが良い。お主が命をかけてまで守るべき存在はワシではない。それこそ、あの青年のほうが大人よの。後ろを見てみるが良い。
あの男は貴様が思っている以上に成すべきことを理解しておる。場の空気に流されぬ強い芯を持っておる。小娘よ、傲り高ぶるでないわ!!」
大きく硬い尾が、勢いよく私を跳ね飛ばした。
パキパキと木の枝が折れる音がして、目の前の景色が遠のいた。
私は右肩を抑えながら、詠唱する──「
添えた手が白く灯り、傷口を修復していく。
──視線の先には、暴れるように蛇行するマーメイドの姿があった。
金属質の鱗をたやすく裂き、体から吹きあがる紅色の雨。
……正直、私はどうすればいいのか分からなかった。
なにが最善で、正しい選択なのかを、選ぶことが出来ないでいた。
───湿気のない風が吹き、私の髪をなでた。
ハッとなり後ろを見上げる──なぜ?
退避したと思っていたペガサスが羽ばたいている、黒髪の彼がいる。
私は、
───引き締まったような純白の衣装と、黒いスカートがなびく姿に。
背丈よりずいぶんと長い弓は、美しい月のように反っている。
澄んだ空を背に、弓を構えるモンジュウロウの姿があった───
* * *
───なにが逃げろだ、言いたい事言いやがって。
今ここで逃げたって、俺だけミシェルに戻ったって、あんな化け物みたいに強い奴がいるなら、俺一人でどうにか出来るわけねぇだろ!
「俺はスーパーヒーロー〝ボウ・マン〟だ! 危機的な状況だからって、スーパーヒーローは逃げたりしねぇんだ! もし逃げるってんなら、誰かを助けるために、心に悲しみを背負って逃げるもんなんだよ!!
今にみてろこの野郎、俺は凄腕の弓道部、弓の使い方は誰よりも知ってんだぁ!!」
メイゾウさんが体をはって、あの幽霊みたいな少女と戦っている。
身体をズタボロに切り刻まれても、人魚のくせに陸地で戦ってんだよ。
それが捨て身の戦いなのだとしたら。
おぉぉーーーーーーーーん。
ヴィッツェの守護者が命かけて戦ってんだ。
あんな瞬間移動みたいにクソ速い動きが視えてるとはおもわねぇ。
でも必死に戦ってんだ。
───俺は運動神経が悪い、特殊な訓練も受けてねぇ、
でも弓には弓の戦い方ってのがあんだよ!
矢を
キリリッ──と弓が反る音を鳴らし、矢の先を前方の空中に向けた。
「
ガチャリ───と機械音、ロジックが動作する。
ヴウゥン───と電子音が鳴り、土色のサークルが多数出現。
セメントが詰まった、肌色の袋が出てきた。
それは重力に引っ張られ、垂直に落下していく。
───狙いを定め、弦を離す。
ビュン──と風を切る音が鳴り
袋を射抜く──
袋は盛大に裂け、灰色の粉末が粉雪のように舞う。
できるだけ短い間隔で2つ、3つと連続して袋を射抜く。
この粉末で肺を満たすことが、どれだけ有害か。
幽霊槍使いさん、お前は知ってんのか?
───耐えれるものなら耐えてみろよ。
「これが
そしてティアナに向かって叫んだ───。
「おい騎士団長! あんな化け物みたいなやつと戦えるのはティアナ・ローレインだけだ。俺も弓使いとして援護はする、あの王女様を一緒に守るんだろおぉぉ!」
立ち上がってほしかった、闘志を宿してほしかった。
ただ単純に、ティアナに生きていてほしいと願った。
しばらく日時を共に過ごしているからこそ、分かる事だってある。
ティアナは、誰よりもあの王女を尊敬してんだよ。
──それは純粋に、人としてな。
見下ろせば、粉末で視界が濃くなっていく。
うっすらとしか視えないその背中を。
水色の髪はだんだんと見えなくなっていく。
……だが。
息を吹きかけたように、粉が舞った。
それは一直線に──あの幽霊槍使いのもとへ。
ティアナと同じ髪の色と耳、同じスピードを活用した戦い方。
───大好きだと、嬉しそうに語っていた師匠なんだろ?
どうなんだよ、ティアナ・ローレイン───
* * *
───ティアナは口元を塞ぐように、白い布を巻いた。
乱雑に、全てのプレートメイルを脱ぎ捨てた。
破けたロングコートがなびく。
積もるホコリを、指でなぞったような跡を残しながら。
ティアナの銀色の耳が、ピクりと動いた。
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